国内

被災者の嘆き「我が家に重機を入れるのを待ってくれねえが」

 被災地には、報道が強調する「復興」の筋書きでは紡げない現実がある。ノンフィクション作家・石井光太氏が宮城県岩沼市を歩き、復興から取り残された人々の深奥をリポートする。

 * * *
 夕陽が海を赤く染め、あたりが暗くなってきた。 朝、がれきを漁っていた人々は、袋やスーツケースに拾ったものを詰められるだけ詰めた。

 泥だらけのノートや表彰状、それに位牌……なかには真っ黒になったヌイグルミを抱く母親の姿もある。みな、それらを抱えながら、小走りで帰路につく。

 外灯の失われた町は、陽が沈んだ瞬間に一寸先も見えない闇に覆われてしまうため、夕空が赤いうちに被災者も自衛隊も逃げるように立ち去らざるを得ないのだ。

 私も腕時計の針を気にしながら車へと足早に向かっていると、1人の老人が若い自衛隊員に何かを訴えていた。70代の白髪の男性だ。 歩み寄ってみると、彼はこう頼み込んでいた。

「我が家に重機を入れるのをもう1日待ってくれねえが。今日家さ行ってみたんだけどなんも見づがらねえんだぁ。死んだ妻の写真や、行方不明中の息子の仕事道具はどこかさ埋もれてしまったままなんだよぉ。それを見つけるまでもう少し待ってくれ」

 老人は避難所からやってきたものの、1人の力では何も探し当てることができなかったのだろう。1日かけたって瓦やブロックをわずかにどかすことぐらいしかできない。若い自衛隊員は答えた。

「私は重機の入る時期について詳しいことは知りません。市に相談してください」

「今、市の窓口が開いているわけねえだろ。彼らもみな被災しているんだぁ。俺の訴えなんて一々聞き入れてくれるわげねえ。だがら、君から上司さかけあってくれねえが。我が家があった場所だけは、がれきをそのままにしてくれ、と。簡単なことだろ、手をつけなければいいだげだ」

「しかし……」

「お願いだ。頼むよ。一生のお願いだぁ」

 老人は枯れ枝のような手で、自衛隊員の制服をつかんだ。目は充血し、透き通った涙が浮かんでいる。 自衛隊員は困惑して仲間を探したが見当たらない。老人は声を詰まらせながら何度も頭を下げ、「お願いだ、お願いだぁ」と訴える。

 自衛隊員も泣き出しそうな顔で「やめてください」としか答えられない。そんなやり取りが繰り返される。 私は2人を前にして、急速過ぎる復興の波に違和感を覚えざるを得なかった。無論、見るも無残な被災地が人が住めるような状態にもどるに越したことはない。

 だが、一瞬のうちに70年以上暮らしてきた町を破壊され、その1週間後には、ブルドーザーによってがれきすら片付けられてしまう現実に、ついていけず取り残される人間は少なくないだろう。

 10代、20代の若者だって茫然自失としている状態なのに、70年以上ここで人生を積み上げてきた老人がすべてを割り切って考えることなどできるわけがない。彼にこの土地で生きた証を何一つ持たぬまま、余生をどう過ごせといえばいいのだろうか。 私の胸のなかに、やり場のない思いだけが残った。

※週刊ポスト2011年4月15日号

関連キーワード

関連記事

トピックス

インタビュー中にアクシデントが発生した大谷翔平(写真/Getty Images)
《大谷翔平の上半身裸動画騒動》ロッカールームでのインタビューに映り込みリポーター大慌て 徹底して「服を脱がない」ブランディングへの強いこだわり 
女性セブン
放送作家でコラムニストの山田美保子さんが、小泉家について綴ります
《華麗なる小泉家》弟・進次郎氏はコメ劇場でワイドショーの主役、兄・孝太郎はテレビに出ずっぱり やっぱり「数字を持っている」プラチナファミリー
女性セブン
調子が上向く渋野日向子(時事通信フォト)
《渋野日向子が全米女子7位の快挙》悔し涙に見えた“完全復活への兆し” シブコは「メジャーだけ強い」のではなく「メジャーを獲ることに集中している」
週刊ポスト
山田久志氏は長嶋茂雄さんを「ピンチでは絶対に対峙したくない打者でした」と振り返る(時事通信フォト)
《追悼・長嶋茂雄さん》日本シリーズで激闘を演じた山田久志氏が今も忘れられない、ミスターが放った「執念のヒット」を回顧
週刊ポスト
“令和の小泉劇場”が始まった
小泉進次郎農相、父・純一郎氏の郵政民営化を彷彿とさせる手腕 農水族や農協という抵抗勢力と対立しながら国民にアピール、石破内閣のコメ無策を批判していた野党を蚊帳の外に
週刊ポスト
緻密な計画で爆弾を郵送、
《結婚から5日後の惨劇》元校長が“結婚祝い”に爆弾を郵送し新郎が死亡 仰天の動機は「校長の座を奪われたことへの恨み」 インドで起きた凶悪事件で判決
NEWSポストセブン
6月2日、新たに殺人と殺人未遂容疑がかけられた八田與一容疑者(28)
《別府ひき逃げ》重要指名手配犯・八田與一容疑者の親族が“沈黙の10秒間”の後に語ったこと…死亡した大学生の親は「私たちの戦いは終わりません」とコメント
NEWSポストセブン
「最後のインタビュー」に応じた西内まりや(時事通信)
【独占インタビュー】西内まりや(31)が語った“電撃引退の理由”と“事務所退所の真相”「この仕事をしてきてよかったと、最後に思えました」
NEWSポストセブン
ブラジルを公式訪問される佳子さま(2025年6月4日、撮影/JMPA)
《ブラジルへ公式訪問》佳子さま、ギリシャ訪問でもお召しになったコーラルピンクのスーツで出発 “お気に入り”はすっきり見せるフェミニンな一着
NEWSポストセブン
渡邊渚さんが性暴力問題について思いの丈を綴った(撮影/西條彰仁)
《渡邊渚さん独占手記》性暴力問題について思いの丈を綴る「被害者は永遠に救われることのない地獄を彷徨い続ける」
週刊ポスト
 6月3日に亡くなった「ミスタープロ野球」こと長嶋茂雄さん(時事通信フォト)
【追悼・長嶋茂雄さん】交際40日で婚約の“超スピード婚”も「ミスターらしい」 多くの国民が支持した「日本人が憧れる家族像」としての長嶋家 
女性セブン
母・佳代さんと小室圭さん
《眞子さん出産》“一卵性母子”と呼ばれた小室圭さんの母・佳代さんが「初孫を抱く日」 知人は「ふたりは一定の距離を保って接している」
NEWSポストセブン