国内

グリコの『パナップ』タテジマをヨコジマに変えて売り上げ2倍

江崎グリコのかつての看板商品『パナップ』が、ここ数年、低迷にあえぎ、昨年、製品登場33年目にして大胆なリニューアルを遂行。売り上げを一気に2倍に引き上げた。この成功を支えたものとは何か。

* * *
1996年。西武ライオンズからFA宣言した清原和博選手の獲得に乗り出した阪神タイガースの吉田義男監督(当時)は「(伝統の)縦じまのユニホームを横じまに変えてもらってええ」とまでいって口説こうとしたが清原獲得はならなかった。

あれから10数年。同じ関西に拠点を置くグリコのロングセラーアイスクリーム『パナップ』が、まさに、縦じまを横じまに変える大英断で起死回生のヒットを生み出した。

なぜグリコは長年親しまれた縦じまを横じまに変えなければならなかったのか(注:縦型アイスのパナップは、カップに対し、垂直(縦じま)に果物味のソースが入っていた)。リニューアルを担当した同社マーケティング部・遠藤孝裕氏がいう。

「『パナップ』は、1978年に発売されたロングセラー商品ですが、ここ数年の売り上げは全盛期の半分以下に落ち込み、このままではブランドが終わってしまうのではないかという危機感がありました」

商品のリニューアルなしにブランド再生はない、という意見は社内から指摘され続けていた。だが、リニューアルは諸刃の剣。中途半端なリニューアルでは、従来の固定ファンまでも離れてしまいかねない。当初は遠藤氏ですら、

「『パナップ』はこのまま継続し、新しいラインアップを追加する方法はないか」と上司にこぼすほどリニューアルには慎重だった。だが、上司は違った。

「小手先だけの改良では、驚きや感動を提供できない。どうしたらお客様に喜んでもらえるのか考え抜け」

発売から30数年。多くの先輩社員たちの思いが込められたブランドを自分の代で潰すわけにはいかない。遠藤氏の情熱に火がついた。

その日――。遠藤氏は、さまざまなシミュレーションを頭の中で整理しながら、デパ地下に足を踏み入れた。どんなことでもいい、何かのヒントを得たい、という思いが頭の中を支配していた。だが、デパ地下のショーケースに並ぶ様々なスイーツを見ているうちに、遠藤氏はハッと我に返った。

「目にとまったのはミルフィーユでした。若者から高齢者まで幅広い層に支持されている。まさにスイーツの王道だと思いました」

いつしか遠藤氏はミルフィーユと『パナップ』を重ね合わせている自分に気付く。

「そうだ。ソースを縦じまから横じまに変えよう!」

このアイデアならば、アイスとソースの組み合わせという「根幹」を守ることができる。横じまならば、スプーンですくえば、必ずソースとアイスが同時に味わえる『パナップ』の“革命”が実現する。遠藤氏は「これしかない!」 と勇んで上層部に報告した。

ところが、上層部には疑問が残っていた。

「『パナップ』は縦じまが当たり前。それを横じまにして、お客様に、どんなメリットがあるというのか」

上層部の不安の表われだった。中身を大きく変更することは、ブランドの根幹に関わることであり、説得するだけの材料が不足していたのだ。この意見に、リングに上がった瞬間にノックアウトを喰らったような衝撃を受けた遠藤氏だったが、「今度は上層部をノックアウトしてやる」と決意。自説の正当性を証明するために、『パナップ』のヘビーユーザーに集まってもらった。

「『パナップ』好きだという方に集まってもらい、商品の魅力を聞きました。すると、“大切なのはソースとアイスの組み合わせによるおいしさを最後まで楽しめること”という回答が多いことがわかったのです」

消費者にとって、縦じまか横じまかはあまり問題ではない―。

遠藤氏は上層部に熱く訴えた。“当たり前を変えることで、新しい発見が生まれる”んだと。今度は上層部が遠藤氏に熱い“パンチ”を打たれた。伝統の縦じまが横じまに変わった瞬間だった。

しかし、遠藤氏は満足しなかった。縦じまを横じまに変えるだけでは、食べたときの驚きや感動を与えられない。さらなる秘策が必要だった。遠藤氏が試したのはホワイトチョコをソース同様に層状に入れることにしたのだ。これでパリパリとした食感が加わり、『パナップ』のおいしさがさらに進化した。

「カップアイスは、シンプルな構造にもかかわらず、強い競合品が乱立する市場。差別化を図ることは非常に困難です。だからこそアイデアとそれを具現化する技術革新が不可欠なんです」

『パナップ』のリニューアルが一人の男の生き様を変えた。

※週刊ポスト2011年8月19・26日号

関連記事

トピックス

(時事通信フォト)
文化勲章受章者を招く茶会が皇居宮殿で開催 天皇皇后両陛下は王貞治氏と野球の話題で交流、愛子さまと佳子さまは野沢雅子氏に興味津々 
女性セブン
相次ぐクマ被害のために、映画ロケが中止に…(左/時事通信フォト、右/インスタグラムより)
《BE:FIRST脱退の三山凌輝》出演予定のクマ被害テーマ「ネトフリ」作品、“現状”を鑑みて撮影延期か…復帰作が大ピンチに
NEWSポストセブン
雅子さま(2025年10月28日、撮影/JMPA
【天皇陛下とトランプ大統領の会見の裏で…】一部の記者が大統領専用車『ビースト』と自撮り、アメリカ側激怒であわや外交問題 宮内庁と外務省の連携ミスを指摘する声も 
女性セブン
名古屋事件
【名古屋主婦殺害】長らく“未解決”として扱われてきた事件の大きな転機となった「丸刈り刑事」の登場 針を通すような緻密な捜査でたどり着いた「ソフトテニス部の名簿」 
女性セブン
今年の6月に不倫が報じられた錦織圭(AFP時事)
《世界ランキング急落》プロテニス・錦織圭、“下部大会”からの再出発する背景に不倫騒と選手生命の危機
NEWSポストセブン
「運転免許証偽造」を謳う中国系業者たちの実態とは
《料金は1枚1万円で即発送可能》中国人観光客向け「運転免許証偽造」を謳う中国系業者に接触、本物との違いが判別できない精巧な仕上がり レンタカー業者も「見破るのは困難」
週刊ポスト
各地でクマの被害が相次いでいる(左/時事通信フォト)
《空腹でもないのに、ただただ人を襲い続けた》“モンスターベア”は捕獲して山へ帰してもまた戻ってくる…止めどない「熊害」の恐怖「顔面の半分を潰され、片目がボロり」
NEWSポストセブン
カニエの元妻で実業家のキム・カーダシアン(EPA=時事)
《金ピカパンツで空港に到着》カニエ・ウエストの妻が「ファッションを超える」アパレルブランド設立、現地報道は「元妻の“攻めすぎ下着”に勝負を挑む可能性」を示唆
NEWSポストセブン
大谷翔平と真美子さんの胸キュンワンシーンが話題に(共同通信社)
《真美子さんがウインク》大谷翔平が参加した優勝パレード、舞台裏でカメラマンが目撃していた「仲良し夫婦」のキュンキュンやりとり
NEWSポストセブン
兵庫県宝塚市で親族4人がボーガンで殺傷された事件の発生時、現場周辺は騒然とした(共同通信)
「子どもの頃は1人だった…」「嫌いなのは母」クロスボウ家族殺害の野津英滉被告(28)が心理検査で見せた“家族への執着”、被害者の弟に漏らした「悪かった」の言葉
NEWSポストセブン
イギリス出身のインフルエンサーであるボニー・ブルー(本人のインスタグラムより)
“最もクレイジーな乱倫パーティー”を予告した金髪美女インフルエンサー(26)が「卒業旅行中の18歳以上の青少年」を狙いオーストラリアに再上陸か
NEWSポストセブン
大谷翔平選手と妻・真美子さん
「娘さんの足が元気に動いていたの!」大谷翔平・真美子さんファミリーの姿をスタジアムで目撃したファンが「2人ともとても機嫌が良くて…」と明かす
NEWSポストセブン