国内

取材拒否、撮影禁止の飛田新地を女性ライターが足かけ12年密着

【書評】『さいごの色街 飛田』(井上理津子著/筑摩書房/2100円)
【評者】河合香織(ノンフィクション作家)

* * *
これほど矛盾に満ちた街はあるだろうか。

昔日の遊郭の名残をとどめる大阪・飛田は壁に囲まれた400メートル四方の土地で、そこに160軒近くの「料亭」が並び、東西にのびる道には「かわい子ちゃん大通り」「青春通り」「年増大通り」などという名前がつけられている。客が料亭でビールを飲むうちに、急に客と女給が恋愛感情に陥ったという言い分で性的サービスが行なわれている。そんな色街を女性のノンフィクションライターが足かけ12年かけて訪ね歩いた。

なぜそんなに時間がかかったのか。ひとつには、飛田は取材拒否の街だからである。「ノーピクチャー」の貼り紙がされ、写真を撮ろうものなら罵声が飛び交う。何を尋ねても「いらんわ」と断わられ続ける。それは“やってはいけないこと”を地域ぐるみで行なっているという思いからだと本書は綴る。どの店も広告を出さずに、公式ホームページも開かずにひっそりと営業しており、マスコミにたまに登場する飛田は「古き良き花街情緒を残す町」という紋切り型の紹介が多かった。

そしてもうひとつは、飛田を取材すればするほどその輪郭が溶け出し、曖昧になっていくからではないだろうか。

飛田は経営者、「おねえさん」、「おばちゃん(曳き子)」の3者で成り立っている。著者は友人に料亭のアルバイトの面接を受けてもらったり、話を聞かせてくれる相手を募集する自作のビラを撒いたりするという地道な努力を重ね、3者の話を聞き出した。

さらには飛田と関係の深い暴力団をアポなしで尋ねて求人の仕組みを聞いたり、警察に「売春が行なわれていることが明らかな飛田をなぜ取り締まらないのか」と正面から疑問をぶつけたりするなど、読者がハラハラするような果敢な取材に挑む。大きな力を持つ飛田新地料理組合にも通い、橋下徹前大阪府知事が組合の顧問弁護士だったというつながりも知る。

その取材方法や筆致はどこか初々しさに溢れ、著者の描く世界にどんどん魅せられ、一緒に旅をしているような気持ちになる。

だが、丁寧な取材を重ねてもなお、見えてくる光景はどこまでいっても点でしかない。

〈人は多面体だ。経歴を問われ、答える時、軸足をどこに置くかによって、いかようにも話すことができる。自分を正当化するなり、卑下するなり、微妙な創作を他意なく加えがちだ。誰だってそうだ〉

本当かどうかわからない話を繰り返す飛田の人たちを著者はそう評するが、それは飛田という街も同じだ。搾取と暴力が蔓延しているなかにも静かな思いやりや助け合いがあり、〈この商売をして、よかったと思うことは一つもない〉というほどの絶望のなかにも剛健なまでの生のきらめきがある。何かが「わかった」と答えを切り取ると、嘲るかのようにすぐに別の顔が現われる。安易な結論でまとめることなく言葉で表わすことを拒む街の姿を描いた手並みは鮮やかで、知らず知らずに飛田の底なしの魅力に呑み込まれていく。

※SAPIO2011年12月7日号

関連記事

トピックス

NHK大河ドラマ『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』の打ち上げに参加したベッキー
《ザックリ背面ジッパーつきドレス着用》ベッキー、大河ドラマの打ち上げに際立つ服装で参加して関係者と話し込む「充実した日々」
NEWSポストセブン
三田寛子(時事通信フォト)
「あの嫁は何なんだ」「坊っちゃんが可哀想」三田寛子が過ごした苦労続きの新婚時代…新妻・能條愛未を“全力サポート”する理由
NEWSポストセブン
雅子さまが三重県をご訪問(共同通信社)
《お洒落とは》フェラガモ歴30年の雅子さま、三重県ご訪問でお持ちの愛用バッグに込められた“美学” 愛子さまにも受け継がれる「サステナブルの心」
NEWSポストセブン
大相撲九州場所
九州場所「17年連続15日皆勤」の溜席の博多美人はなぜ通い続けられるのか 身支度は大変だが「江戸時代にタイムトリップしているような気持ちになれる」と語る
NEWSポストセブン
一般女性との不倫が報じられた中村芝翫
《芝翫と愛人の半同棲にモヤモヤ》中村橋之助、婚約発表のウラで周囲に相談していた「父の不倫状況」…関係者が明かした「現在」とは
NEWSポストセブン
山本由伸選手とモデルのNiki(共同通信/Instagramより)
《噂のパートナーNiki》この1年で変化していた山本由伸との“関係性”「今年は球場で彼女の姿を見なかった」プライバシー警戒を強めるきっかけになった出来事
NEWSポストセブン
マレーシアのマルチタレント「Namewee(ネームウィー)」(時事通信フォト)
人気ラッパー・ネームウィーが“ナースの女神”殺人事件関与疑惑で当局が拘束、過去には日本人セクシー女優との過激MVも制作《エクスタシー所持で逮捕も》
NEWSポストセブン
デコピンを抱えて試合を観戦する真美子さん(時事通信フォト)
《真美子さんが“晴れ舞台”に選んだハイブラワンピ》大谷翔平、MVP受賞を見届けた“TPOわきまえファッション”【デコピンコーデが話題】
NEWSポストセブン
指定暴力団六代目山口組の司忍組長(時事通信フォト)
《六代目山口組・司忍組長2月引退》“竹内七代目”誕生の分岐点は「司組長の誕生日」か 抗争終結宣言後も飛び交う「情報戦」 
NEWSポストセブン
活動を再開する河下楽
《独占告白》元関西ジュニア・河下楽、アルバイト掛け持ち生活のなか活動再開へ…退所きっかけとなった騒動については「本当に申し訳ないです」
NEWSポストセブン
ハワイ別荘の裁判が長期化している
《MVP受賞のウラで》大谷翔平、ハワイ別荘泥沼訴訟は長期化か…“真美子さんの誕生日直前に審問”が決定、大谷側は「カウンター訴訟」可能性を明記
NEWSポストセブン
11月1日、学習院大学の学園祭に足を運ばれた愛子さま(時事通信フォト)
《ひっきりなしにイケメンたちが》愛子さま、スマホとパンフを手にテンション爆アゲ…母校の学祭で“メンズアイドル”のパフォーマンスをご観覧
NEWSポストセブン