ライフ

エベレスト頂上 医学的には酸素ボンベないと10秒で意識喪失

白澤卓二氏は1958年生まれ。順天堂大学大学院医学研究科・加齢制御医学講座教授。アンチエイジングの第一人者として著書やテレビ出演も多い白澤氏によると、安全に登山をするための新たなバイオマーカー、ヘムオキシゲナーゼ-1(HO-1)が発見されたことで、今後、高齢者の登山がより安全に行なえるようになるかもしれない。

* * *
2008年5月26日、プロスキーヤーで登山家の三浦雄一郎さんは75歳の高齢でエベレスト登頂を果たした。1970年にエベレスト大滑走を成し遂げた後、70歳で登頂して以来5年ぶり。2回の心臓手御術で不整脈を克服してのエベレスト制覇という快挙だった。

エベレストの頂上は、酸素濃度が7%、地上の3分の1しかなく、人間の生存限界を示す。酸素ボンベなしでは、10秒で意識を失い、呼吸困難や肺水腫、脳浮腫になり、生命を維持できない

それではなぜ、75歳の高齢者がエベレストの頂上で酸素ボンベを手放して、カメラに向かい何十秒もコメントをして意識を失わずにいられたのだろうか。

2003年に70歳で次男の豪太さんとエベレスト親子同時登頂を果たした直後から、三浦さんの主治医だった私は、75歳での再登頂はエベレストとの闘いではなく、内なるエイジング(加齢)との闘いだろうと考えていた。

この前例のないチャレンジに立ち向かうには、新たなアンチエイジングのアプローチが必須と考えた私と豪太さんは、三浦雄一郎さんの協力を得てアタック隊がエベレスト登頂でどのように低酸素に適応するのか、その秘密を探索しようと研究計画を立てた。

三浦雄一郎さんら4名に酸素濃度が12.5%の低酸素室で1時間滞在してもらい、その前後でDNAチップを使って白血球の遺伝子発現の変化を比較検討するというものだ。DNAチップとは、ヒトゲノム上の遺伝子全てを検索できる実験装置で、遺伝子発現を調べることができる。

すると興味深いことに、ヘムオキシゲナーゼ‐1(HO-1)という遺伝子の発現が低酸素刺激で特異的に変化していることを見いだしたのである。この遺伝子は生体が低酸素に曝された時に血管を拡張したり、低酸素による酸化ストレス傷害に対して抗酸化作用を示したりする。さらに血液中のHO-1を測ってみると、エベレスト登頂経験者では、HO-1の血中濃度が遠征前から高いことが分かった。

アタック隊が6000メートルの高度で速やかに高度への順化を果たし、重篤な高山病も発症せずにエベレスト登頂できるのは、HO-1の濃度が高いため、肺や脳の血管が低酸素時にも収縮せずに拡張しやすく、そのため末梢循環が保たれているからだと考えられた。

研究で安全に登山をするための新たなバイオマーカー、HO-1が発見されたことで、今後、高齢者の登山がより安全に行なえるようになるかも知れない。登山愛好者にとっては朗報だ。

※週刊ポスト2012年2月3日号

関連キーワード

トピックス

大谷翔平と真美子さん(時事通信フォト)
《自宅でしっぽりオフシーズン》大谷翔平と真美子さんが愛する“ケータリング寿司” 世界的シェフに見出す理想の夫婦像
NEWSポストセブン
裁判所に移されたボニー(時事通信フォト)
《裁判所で不敵な笑みを浮かべて…》性的コンテンツ撮影の疑いで拘束された英・金髪美女インフルエンサー(26)が“国外追放”寸前の状態に
NEWSポストセブン
山上徹也被告が法廷で語った“複雑な心境”とは
「迷惑になるので…」山上徹也被告が事件の直前「自民党と維新の議員」に期日前投票していた理由…語られた安倍元首相への“複雑な感情”【銃撃事件公判】
NEWSポストセブン
アメリカの人気女優ジェナ・オルテガ(23)(時事通信フォト)
「幼い頃の自分が汚された画像が…」「勝手に広告として使われた」 米・人気女優が被害に遭った“ディープフェイク騒動”《「AIやで、きもすぎ」あいみょんも被害に苦言》
NEWSポストセブン
お騒がせインフルエンサーのボニー・ブルー(時事通信フォト)
《潤滑ジェルや避妊具が押収されて…》バリ島で現地警察に拘束された英・金髪美女インフルエンサー(26) 撮影スタジオでは19歳の若者らも一緒だった
NEWSポストセブン
山上徹也被告が語った「安倍首相への思い」とは
「深く考えないようにしていた」山上徹也被告が「安倍元首相を支持」していた理由…法廷で語られた「政治スタンスと本音」【銃撃事件公判】
NEWSポストセブン
不同意性交と住居侵入の疑いでカンボジア国籍の土木作業員、パット・トラ容疑者(24)が逮捕された(写真はサンプルです)
《クローゼットに潜んで面識ない50代女性に…》不同意性交で逮捕されたカンボジア人の同僚が語る「7人で暮らしていたけど彼だけ彼女がいなかった」【東京・あきる野】
NEWSポストセブン
TikTokをはじめとしたSNSで生まれた「横揺れダンス」が流行中(TikTokより/右の写真はサンプルです)
「『外でやるな』と怒ったらマンションでドタバタ…」“横揺れダンス”ブームに小学校教員と保護者が本音《ピチピチパンツで飛び跳ねる》
NEWSポストセブン
遠藤敬・維新国対委員長に公金還流疑惑(時事通信フォト)
公設秘書給与ピンハネ疑惑の維新・遠藤敬首相補佐官に“新たな疑惑” 秘書の実家の飲食店で「政治資金会食」、高額な上納寄附の“ご褒美”か
週刊ポスト
山本由伸選手とモデルのNiki(Instagramより)
「球場では見かけなかった…」山本由伸と“熱愛説”のモデル・Niki、バースデーの席にうつりこんだ“別のスポーツ”の存在【インスタでは圧巻の美脚を披露】
NEWSポストセブン
モンゴル訪問時の写真をご覧になる天皇皇后両陛下(写真/宮内庁提供 ) 
【祝・62才】皇后・雅子さま、幸せあふれる誕生日 ご家族と愛犬が揃った記念写真ほか、気品に満ちたお姿で振り返るバースデー 
女性セブン
村上迦楼羅容疑者(27)のルーツは地元の不良グループだった(読者提供/本人SNS)
《型落ちレクサスと中古ブランドを自慢》トクリュウ指示役・村上迦楼羅(かるら)容疑者の悪事のルーツは「改造バイクに万引き、未成年飲酒…十数人の不良グループ」
NEWSポストセブン