ライフ

映画「三丁目の夕日」 観客6割の男性が回想で癒される理由

過去を回想するとなぜ人は癒されるのか。なぜ、心地よいのか。単純なようで、なかなか深い問いだ。一本の映画が、3.11以降「絆」を求めてさまよう社会に影響を与えている? 映画「ALWAYS 三丁目の夕日64」大ヒットの深層を、作家で五感生活研究所の山下柚実氏が解説する。

* * *
映画「ALWAYS 三丁目の夕日64」が大ヒット。興収50億円超えも想定されるそうです。観客は男性が6割、50代が一番多いとか。

シリーズ初の3D映像が実にリアル。あの時代の街のすみずみを思い出す、鮮烈な刺激になっているのでしょう。

それにしても、過去を回想するとなぜ人は癒されるのか。なぜ、心地よいのか。単純なようで、なかなか深い問いです。回想する時、いったい人間の脳の中では何が起こっているのでしょう?

自分の脳を実験台にしてみた時のこと。脳の血流を測る光トポグラフィ計測装置を被り、子どもの頃に繰り返し聞いた「スパイ大作戦」のメロディが流れ出したとたん、はっきりと変化があらわれました。

前頭葉の右下の方が赤く変化している。これはヘモグロビンの量が増えた証拠。実験を担当した脳科学者によると「情動系が活発になっていますよ」。

しかし私自身、特に感情が高ぶったわけではありません。さほど「懐かしい」という意識は高まっていない。ところが本人の自覚以上に、脳は強く揺さぶられているらしいのです。

「肯定的な過去を回想すると脳内物質が分泌され、心地よい状態に変化する」。思い出が持つこうした効果「センチメンタル・バリュー」は、想像を超えて、人を揺さぶる力がありそうです。

老人介護の現場で取り組まれている「回想法」を見て、さらに実感しました。その現場はちゃぶ台、桐の箪笥、柱時計など古い家具や道具に囲まれた畳の部屋。

高齢者たちが過去を想起しては思い出を語りあう。それが、認知症の予防や心理的な安定につながる。「体験された方の多くに、不安感が鎮まったり、おだやかになる、といった良い効果が見られます」と施設スタッフ。

アメリカの精神科医ロバート・バトラーは「高齢者の回想は、死が近づいてくることにより自然に起こる心理的過程であり、また、過去の未解決の課題を再度とらえ直すことも導く、積極的な役割をもつ」と提唱しました(『回想法とライフレビュー』)。

「回想法」は認知症のケアや予防として、世界各地に広がっています。「思い出ふれあい事業」として北名古屋市のように自治体として取り組む現場もあるほどです。

また、前向きな状態の中で過去のことを思い出すと、記憶自体は否定的な内容、傷ついたり過酷だった出来事のことであっても、質の良い記憶に置きかわっていくことがわかってきました。シビアな思い出に対しても、少しずつ、胸の痛みがマイルド化される、というのです。

一本の映画が、3.11以降「絆」を求めてさまよう日本の社会の深部に影響を与えている? 少なくとも、回想に秘められた「センチメンタル・バリュー」は、私たちが自覚している以上に大きな力を持っている、と言えるでしょう。

関連キーワード

関連記事

トピックス

11月24日0時半ごろ、東京都足立区梅島の国道でひき逃げ事故が発生した(現場写真/読者提供)
【“分厚い黒ジャケット男” の映像入手】「AED持ってきて!」2人死亡・足立暴走男が犯行直前に見せた“奇妙な”行動
NEWSポストセブン
10月22日、殺人未遂の疑いで東京都練馬区の国家公務員・大津陽一郎容疑者(43)が逮捕された(時事通信フォト/共同通信)
《赤坂ライブハウス刺傷》「2~3日帰らないときもあったみたいだけど…」家族思いの妻子もち自衛官がなぜ”待ち伏せ犯行”…、親族が語る容疑者の人物像とは
NEWSポストセブン
ミセス・若井(左、Xより)との“通い愛”を報じられたNiziUのNINA(右、Instagramより)
《ミセス若井と“通い愛”》「嫌なことや、聞きたくないことも入ってきた」NiziU・NINAが涙ながらに吐露した“苦悩”、前向きに披露した「きっかけになったギター演奏」
NEWSポストセブン
「ラオ・シルク・レジデンス」を訪問された天皇皇后両陛下の長女・愛子さま(2025年11月21日、撮影/横田紋子)
「華やかさと品の良さが絶妙」愛子さま、淡いラベンダーのワンピにピンクのボレロでフェミニンなコーデ
NEWSポストセブン
クマ被害で亡くなった笹崎勝巳さん(左・撮影/山口比佐夫、右・AFP=時事)
《笹崎勝巳レフェリー追悼》プロレス仲間たちと家族で送った葬儀「奥さんやお子さんも気丈に対応されていました」、クマ襲撃の現場となった温泉施設は営業再開
NEWSポストセブン
役者でタレントの山口良一さん
《笑福亭笑瓶さんらいなくなりリポーターが2人に激減》30年以上続く長寿番組『噂の!東京マガジン』存続危機を乗り越えた“楽屋会議”「全員でBSに行きましょう」
NEWSポストセブン
11月16日にチャリティーイベントを開催した前田健太投手(Instagramより)
《いろんな裏切りもありました…》前田健太投手の妻・早穂夫人が明かした「交渉に同席」、氷室京介、B’z松本孝弘の妻との華麗なる交友関係
NEWSポストセブン
イギリス出身のインフルエンサー、ボニー・ブルー(Instagramより)
《1日で1000人以上と関係を持った》金髪美女インフルエンサーが予告した過激ファンサービス… “唾液の入った大量の小瓶”を配るプランも【オーストラリアで抗議活動】
NEWSポストセブン
日本全国でこれまでにない勢いでクマの出没が増えている
《猟友会にも寄せられるクレーム》罠にかかった凶暴なクマの映像に「歯や爪が悪くなってかわいそう」と…クレームに悩む高齢ベテランハンターの“嘆き”とは
NEWSポストセブン
六代目山口組の司忍組長(時事通信フォト)と稲川会の内堀和也会長
六代目山口組が住吉会最高幹部との盃を「突然中止」か…暴力団や警察関係者に緊張が走った竹内照明若頭の不可解な「2度の稲川会電撃訪問」
NEWSポストセブン
警視庁赤坂署に入る大津陽一郎容疑者(共同通信)
《赤坂・ライブハウス刺傷で現役自衛官逮捕》「妻子を隠して被害女性と“不倫”」「別れたがトラブルない」“チャリ20キロ爆走男” 大津陽一郎容疑者の呆れた供述とあまりに高い計画性
NEWSポストセブン
無銭飲食を繰り返したとして逮捕された台湾出身のインフルエンサーペイ・チャン(34)(Instagramより)
《支払いの代わりに性的サービスを提案》米・美しすぎる台湾出身の“食い逃げ犯”、高級店で無銭飲食を繰り返す 「美食家インフルエンサー」の“手口”【1か月で5回の逮捕】
NEWSポストセブン