ライフ

具志堅用高氏 上京時、名前読んでもらえず部屋賃貸できず

 4月を東京で、まさにページをめくるような心持ちで迎える人は今も昔も多い。「上京」という言葉には、期待と不安、志や覚悟、惜別・郷愁といった様々な感情が濃密に内包されている。物語は人の数だけある。元ボクシング世界チャンピオン・具志堅用高氏(56)の場合。

 * * *
 沖縄が返還されたのは今から40年前、昭和47年5月15日です。私が上京したのはその翌々年、高校卒業と同時にプロとしてスタートするために東京に向かいました。乗った飛行機は忘れもしません、全日空のトライスター。ロッキード事件でその名前を知りました。
 
 じつは前の年に全国高校選手権に出場するために船で東京に行きました。でも、船だと東京まで48時間。3時間で着くのですから、飛行機にはたまげました(笑い)。
 
 沖縄返還で嬉しかったのは、何といってもパスポートが必要なくなったことですね。本土に行くためにはパスポートを取らなければならなかった先輩たちを思うと、私たちの世代以降の人間は幸せですよ。
 
 でも、東京での生活は辛かったです。高校時代から、本土に試合に行くと「歳をごまかしているんだろ」なんて酷いことをいわれていました。色が黒くて、ゴツイ顔しているから老けて見えるんでしょうね。本土の人にとって、沖縄の人間は外国人だったんです。
 
 上京してすぐにアパートを借りようとしたんですが、「あなたの名前、何て読むの?」「出身は?」と聞かれて答えると、それでもう会話が止まって……もちろん部屋なんて貸してくれません。沖縄の先輩の部屋に泊めてもらって、その後はバイトのとんかつ屋に住み込みました。
 
 言葉も苦労しました。相手の話はわかるのですが、本土の言葉にして話そうと考えているうちに、結局何も喋れません。とにかく「頑張ります」っていうばかりで、友だちなんて作ろうと思わなかったし、作れませんでしたね。東京の女性は白くて綺麗でしたよ。でも、好かれませんでした。怖そうな顔をしていたから仕方ないです(笑い)。
 
 寒さも厳しかった。ロードワークしても汗ひとつかかない。3月だったけど初めて雪にも触りました。
 
 救いは食べ物が美味かったこと。とくにご飯はハンパじゃない美味さで、焼き魚1匹でどんぶり2杯はいけました。初体験だったのがしゃぶしゃぶ。「変な形の鍋だなあ」と思いながら、食べ方がわからなくて皆が箸をつけるまでジッと待っていました。
 
 テレビも楽しみでした。プロレスはジャイアント馬場とブッチャー、キックボクシングは沢村忠が全盛だった。沖縄出身の南沙織が人気絶頂で、演歌といえば五木ひろしでした。
 
 あとはディスコ。沖縄の先輩に連れられて、新宿や六本木で踊っていました。話をしなくていいから楽しかったなあ。
 
 上京してから世界チャンピオンになるまでの2年間は本当にきつかった。それでも今振り返ると私の苦労なんて、パスポート時代の先輩たちを考えれば大したことありません。
 
 私は世界チャンピオンになったことで、那覇の国際通りをパレードしたり、石垣島に戻った時に島中の人に出迎えてもらいました。我慢していればいつか必ず楽になるし、喜びは待っているものなんですね。

※週刊ポスト2012年4月20日号

関連記事

トピックス

林家ペーさんと林家パー子さんの自宅で火災が起きていることがわかった
《部屋はエアコンなしで扇風機が5台》「仏壇のろうそくに火をつけようとして燃え広がった」林家ぺー&パー子夫妻が火災が起きた自宅で“質素な暮らし”
NEWSポストセブン
1年ほど前に、会社役員を務める元夫と離婚していたことを明かした
《ロックシンガー・相川七瀬 年上夫との離婚明かす》個人事務所役員の年上夫との別居生活1年「家族でいるために」昨夏に自ら離婚届を提出
NEWSポストセブン
林家ペーさんと林家パー子さんの自宅で火災が起きていることがわかった
「パー子さんがいきなりドアをドンドンと…」“命からがら逃げてきた”林家ペー&パー子夫妻の隣人が明かす“緊迫の火災現場”「パー子さんはペーさんと救急車で運ばれた」
NEWSポストセブン
豊昇龍
5連勝した豊昇龍の横綱土俵入りに異変 三つ揃いの化粧まわしで太刀持ち・平戸海だけ揃っていなかった 「ゲン担ぎの世界だけにその日の結果が心配だった」と関係者
NEWSポストセブン
“高市潰し”を狙っているように思える動きも(時事通信フォト)
《前代未聞の自民党総裁選》公明党や野党も“露骨な介入”「高市早苗総裁では連立は組めない」と“拒否権”をちらつかせる異例の事態に
週刊ポスト
韓国アイドルグループ・aespaのメンバー、WINTERのボディーガードが話題に(時事通信フォト)
《NYファッションショーが騒然》aespa・ウィンターの後ろにピッタリ…ボディーガードと誤解された“ハリウッド俳優風のオトコ”の「正体」
NEWSポストセブン
立場を利用し犯行を行なっていた(本人Xより)
【未成年アイドルにわいせつ行為】〈メンバーがみんなから愛されてて嬉しい〉芸能プロデューサー・鳥丸寛士容疑者の蛮行「“写真撮影”と偽ってホテルに呼び出し」
NEWSポストセブン
佳子さまを撮影した動画がXで話題になっている(時事通信フォト)
《佳子さまどアップ動画が話題》「『まぶしい』とか『神々しい』という印象」撮影者が振り返る “お声がけの衝撃”「手を伸ばせば届く距離」
NEWSポストセブン
交際が報じられた赤西仁と広瀬アリス
《赤西仁と広瀬アリスの海外デートを目撃》黒木メイサと5年間暮らした「ハワイ」で過ごす2人の“本気度”
NEWSポストセブン
個別指導塾「スクールIE」の元教室長・石田親一容疑者(公式サイトより※現在は削除済み)
《15歳女子生徒にわいせつ》「普段から仲いいからやっちゃった」「エスカレートした」“やる気スイッチ”塾講師・石田親一容疑者が母親にしていた“トンデモ言い訳”
NEWSポストセブン
秋場所
「こんなことは初めてです…」秋場所の西花道に「溜席の着物美人」が登場! 薄手の着物になった理由は厳しい暑さと本人が明かす「汗が止まりませんでした」
NEWSポストセブン
「週刊ポスト」本日発売! 「高市総理を阻止せよ」イカサマ総裁選の裏ほか
「週刊ポスト」本日発売! 「高市総理を阻止せよ」イカサマ総裁選の裏ほか
NEWSポストセブン