【書評】『ほんとうの 中国の話をしよう』(余華・著/飯塚容・訳/河出書房新社/2310円)
【評者】岩瀬達哉(ノンフィクション作家)
いまの中国の経済発展は「革命」の延長だと考えればわかりやすい。「国民総動員で文化大革命を行った我々は、またも国民総動員で経済発展を進めている」――。
ベストセラー作家でもある著者は、一九六〇年、杭州に生まれた。小学校一年生のとき、資本主義思想を徹底的に批判した「文化大革命」が始まり、高校を卒業したときにそれは終わった。
社会主義と資本主義、この二つの極端な思想と時代は、彼の「日常生活」において「密接につながっている」。「日常生活は平凡で煩瑣に見えるが、そこには森羅万象が含まれている」からだ。そして、この過去から現在に受けつがれた文脈を「人民」「革命」「魯迅」といった「十の言葉」に分類した。
そのひとつに「山寨(シャンチャイ)」という言葉がある。元来は貧困者や山賊の隠れる砦であったのが、やがて、モグラたたきのように次から次へと市場にでまわる海外ブランドの模倣品をさすようになった。
そこへさらに、諷刺の効いた歌番組や、ニュースのパロディがネットで大人気となると、言論統制を皮肉る意味も込められ、冗談や悪ふざけといった言葉も含まれるようになった。要するに、「違法と見なされる低俗な行為に存在の口実を与え、世論と社会心理の理解が得られる」便利な言葉に進化したのである。
これは一見すれば「エリート文化に対する挑戦」だが、かつて毛沢東が掲げたスローガンの「造反有理」、つまり、社会的弱者が強者に立ち向かう思想とみごとに通底している。
文化大革命で粛清された人々の数が、四十万から一千万人と、いまだ不明であるのと同様に、あれから百倍近いGDPを達成した現在の中国社会が、どれほどの犠牲者を抱えているかは未知数だ。
数年後にはアメリカのGDPを抜くともいわれているが、経済や社会的格差の拡がりは、アメリカや日本よりも深刻なはず。日常生活への観察眼は、「栄光のデータの裏に必ず危機がひそんでいる」という深い警句を導き出している。
※週刊ポスト2013年2月1日号