ライフ

豊かな日本社会で見捨てられる“団地”の今を考えさせる映画

 東京郊外の大きな団地に住むその男の子は小学校を卒業した時に突然、思いがけない決心をする。「俺は一生、団地のなかで生きてゆく」。

 久保寺健彦原作、中村義洋監督の「みなさん、さようなら」は意表を突く設定で始まる異色の青春映画。小柄な俳優として活躍する濱田岳が12歳から30歳までの主人公を演じている。

 悟という男の子はなぜ団地のなかで生きてゆくことを決心したのか。おそらく団地に生まれ育った悟にとってそこはかけがえのない故郷に思えたのだろう。あるいは……。

 1980年代のはじめ。悟は団地で、看護師をしている母親(大塚寧々)と暮している。両親は離婚している。当時は団地がまだにぎやかだった頃で小学校の同級生も全員、団地に住んでいる。

 団地のなかで暮すことになったといっても悟はひきこもりではない。自己管理がしっかりしていて、ラジオ講座で勉強するし、空手で身体を鍛える。いわば自主独立の精神。

 団地のなかには商店も病院も郵便局もある。いわば小さな町。団地の外に出てゆかなくても充分に生きてゆける。中学を卒業する年齢になると団地内のケーキ屋で働き始める。主人(ベンガル)に鍛えられる。きちんとした社会性がある。

 団地に徐々に変化が起こる。住民が新しいよりよい住まいに引越してゆくこと。現代のさびれゆく団地という現象が1980年代の終わり頃から目立つようになっている。悟が親しくしていた隣りの女の子(波瑠)も、ガールフレンド(倉科カナ)も、親友(永山絢斗)も、一人また一人と団地を去ってゆく。

 画面に、年ごとに減ってゆく小学校の同級生の数が表示されてゆくのが面白い。高度経済成長の初期に小市民の夢の住宅として輝いていた団地が、日本の社会が豊かになるにつれて見捨てられてゆく。その現実を巧みに描いている。

 住民が減ると商店もたちゆかなくなる。悟が働いていたケーキ屋も店を閉じる。がらんとした団地に、ブラジル人の姉妹が住むようになる。これも団地の現実をよくあらわしている。さびれてゆく団地は荒んでもゆく。ブラジル人の女の子は暴力にさらされる。

 悟は彼女を守るために暴力と戦うことになる。生まれ育った故郷ともいうべき団地を守りたいからこそだろう。団地の現在を深く考えさせる力作。

■評者/川本三郎(評論家)


※SAPIO2013年2月号

関連キーワード

関連記事

トピックス

柄本時生と前妻・入来茉里(左/公式YouTubeチャンネルより、右/Instagramより)
《さとうほなみと再婚》前妻・入来茉里は離婚後に卵子凍結を公表…柄本時生の活躍の裏で抱えていた“複雑な感情” 久々のグラビア挑戦の背景
NEWSポストセブン
インフルエンサーの景井ひなが愛犬を巡り裁判トラブルを抱えていた(Instagramより)
《「愛犬・もち太くん」はどっちの子?》フォロワー1000万人TikToker 景井ひなが”元同居人“と“裁判トラブル”、法廷では「毎日モラハラを受けた」という主張も
NEWSポストセブン
兵庫県知事選挙が告示され、第一声を上げる政治団体「NHKから国民を守る党」党首の立花孝志氏。2024年10月31日(時事通信フォト)
NHK党・立花孝志容疑者、14年前”無名”の取材者として会見に姿を見せていた「変わった人が来るらしい」と噂に マイクを持って語ったこと
NEWSポストセブン
千葉ロッテの新監督に就任したサブロー氏(時事通信フォト)
ロッテ新監督・サブロー氏を支える『1ヶ月1万円生活』で脚光浴びた元アイドル妻の“茶髪美白”の現在
NEWSポストセブン
ロサンゼルスから帰国したKing&Princeの永瀬廉
《寒いのに素足にサンダルで…》キンプリ・永瀬廉、“全身ブラック”姿で羽田空港に降り立ち周囲騒然【紅白出場へ】
NEWSポストセブン
騒動から約2ヶ月が経過
《「もう二度と行かねえ」投稿から2ヶ月》埼玉県の人気ラーメン店が“炎上”…店主が明かした投稿者A氏への“本音”と現在「客足は変わっていません」
NEWSポストセブン
自宅前には花が手向けられていた(本人のインスタグラムより)
「『子どもは旦那さんに任せましょう』と警察から言われたと…」車椅子インフルエンサー・鈴木沙月容疑者の知人が明かした「犯行前日のSOS」とは《親権めぐり0歳児刺殺》
NEWSポストセブン
10月31日、イベントに参加していた小栗旬
深夜の港区に“とんでもないヒゲの山田孝之”が…イベント打ち上げで小栗旬、三浦翔平らに囲まれた意外な「最年少女性」の存在《「赤西軍団」の一部が集結》
NEWSポストセブン
スシローで起きたある配信者の迷惑行為が問題視されている(HP/読者提供)
《全身タトゥー男がガリ直食い》迷惑配信でスシローに警察が出動 運営元は「警察にご相談したことも事実です」
NEWSポストセブン
「武蔵陵墓地」を訪問された天皇皇后両陛下の長女・愛子さま(2025年11月10日、JMPA)
《初の外国公式訪問を報告》愛子さまの参拝スタイルは美智子さまから“受け継がれた”エレガントなケープデザイン スタンドカラーでシャープな印象に
NEWSポストセブン
モデルで女優のKoki,
《9頭身のラインがクッキリ》Koki,が撮影打ち上げの夜にタイトジーンズで“名残惜しげなハグ”…2027年公開の映画ではラウールと共演
NEWSポストセブン
2025年九州場所
《デヴィ夫人はマス席だったが…》九州場所の向正面に「溜席の着物美人」が姿を見せる 四股名入りの「ジェラートピケ浴衣地ワンピース女性」も登場 チケット不足のなか15日間の観戦をどう続けるかが注目
NEWSポストセブン