ライフ

富士山は旧名「アサマ山」だったが平安初期に「富士」表記に変更

 世界文化遺産となったことで、これまで以上に富士山への注目度が高まっている。ブームとも呼ばれる富士登山の様子について、作家の山藤章一郎氏が、富士山の今の様子を報告する。

 * * *
 行く手に、「通行止め」の大きな看板と、鉄パイプのバリケードが立ちふさがる。富士山の山開きは7月1日。山閉いは9月9日。〈富士山浅間神社〉の神事である。

 ところが──5月末、バリケードの脇のわずかな隙間を、スキー板を背負った外国人や、山慣れした恰好の男たちが入っていく。「通行止め」はあくまでも神事にのっとった案内板で、実際にはいつでも誰でも、滑落の危険を覚悟の上なら入山OKという意味か。

 富士急・河口湖駅前から〈富士スバルライン〉を登るほぼ1時間のバスで、中学の運動場ほどの5合目広場〈天狗の庭〉に着いた。富士登山の道を拓いた太郎坊という天狗にちなんだ広場である。

 レストハウス、駐車場がぐるりを取り囲み、6合目まで7000円で登る馬のぎ場、昔の赤い円筒のポスト、簡易郵便局まである。夏の繁忙期には日に1000通、7割が海外宛てのはがき、手紙が投函される山上の局である。

 韓国人、中国人、英語圏の観光客がデジカメ、タブレットを手に歩きまわっている。土産物屋の隙間に太郎坊を祀る富士山信仰の霊地〈小御嶽神社〉の赤い鳥居が覗く。鳥居をくぐる。天狗の履く大草鞋、真っ赤な一本歯の下駄が飾られていた。英語圏の3人、つづいて韓国顔のカップルが手を合わせ、ぺコンと拝礼した。

 標高2340メートルの〈日本の聖地〉は、彼らからも篤い崇敬を受けているということか。

〈世界文化遺産〉に登録勧告された直後の富士山の〈入口〉の光景である。神殿の正面で、韓国人若者5人連れから、けたたましい笑い声があがった。残雪に立つ「通行止め」の看板は、広場のその先の山側にあった。看板の脇の隙間から、登山道に入ってみた。

 バカデカリュックをかついだ40半ばの女性が降りてきた。ごつい山靴を履いている。「頂上までですか?」と訊いた。

「こんなカッコで行くわけねえだろ。あたしゃ、ボッカだよ、ボッカ。分かる?」「はあ、荷を揚げる人ですか。大変です。世界遺産になって、これからもっと大変ですね」「どうなることか、知らねえけど。1回20~30キロ担ぐんだから。これ以上増えたら、あたしゃ死ぬな。まあ、この先に、佐藤小屋ってのがあるから、行ってみな」

 姐さんは山側に顎をしゃくった。黒、赤茶、灰白色の入り混じった火山石の崖道が始まった。小指大の石が、靴底をジャリジャリ鳴らす。粒子になった灰の道もある。こんどは靴底がずるっと辷る。

 雲より上、森林限界ぎりぎりの標高である。くねり曲がった丈の低い白樺林が途切れ、黒い火山灰をむきだしにした山肌が現れる。草と灌木しか、生えていない。風に吹き飛ばされてくる灰で、溶け残った雪が黯(くろ)ずんでいる。日差しが、顔に首に、痛い。「通行止め」から10分行っただけで、富士の山岳は、風と灰とのたえまない戦いだと知らされる。

 台風並みの風速20メートルを越す風の吹く日が、ここ40年の平均で年間121日あったという。風速ひと桁の日はわずか50日。日本史上最大の瞬間風速も富士山で観測された。91.0メートル。2位は、沖縄宮古島の、85.3メートル。

 突然ですがここで。オー! トリビア。〈富士〉と呼んだ始まりは?

 富士山の祭神は〈浅間大社〉といいます。この〈浅間=センゲン=アサマ〉は、全国の火山、温泉地に、似た地名が多くあります。アソ、アタミ、アツミ、アサムシ。いずれも火を噴く山、恐ろしい山を近くに控えた地でした。富士山も元は、〈浅間神社〉に奉ぜられる〈アサマ山〉だった。しかし、それでは各地の火を噴く山と同じでしかありません。

 この山は、ふたつとない格別の山〈不二〉であり、決して死なない山〈不死〉である。そこで平安初期の『続日本紀』に初めて〈富士〉の表記が現れたそうです。

※週刊ポスト2013年6月7日号

関連キーワード

トピックス

ヴィクトリア皇太子と夫のダニエル王子を招かれた天皇皇后両陛下(2025年10月14日、時事通信フォト)
「同じシルバーのお召し物が素敵」皇后雅子さま、夕食会ファッションは“クール”で洗練されたセットアップコーデ
NEWSポストセブン
高校時代の青木被告(集合写真)
【長野立てこもり殺人事件判決】「絞首刑になるのは長く辛く苦しいので、そういう死に方は嫌だ」死刑を言い渡された犯人が逮捕前に語っていた極刑への思い
NEWSポストセブン
ラブホテルから出てくる小川晶・市長(左)とX氏
【前橋市・小川晶市長に問われる“市長の資質”】「高級外車のドアを既婚部下に開けさせ、後部座席に乗り込みラブホへ」証拠動画で浮かび上がった“釈明会見の矛盾”
週刊ポスト
米倉涼子を追い詰めたのはだれか(時事通信フォト)
《米倉涼子マトリガサ入れ報道の深層》ダンサー恋人だけではない「モラハラ疑惑」「覚醒剤で逮捕」「隠し子」…男性のトラブルに巻き込まれるパターンが多いその人生
週刊ポスト
問題は小川晶・市長に政治家としての資質が問われていること(時事通信フォト)
「ズバリ、彼女の魅力は顔だよ」前橋市・小川晶市長、“ラブホ通い”発覚後も熱烈支援者からは擁護の声、支援団体幹部「彼女を信じているよ」
週刊ポスト
新聞・テレビにとってなぜ「高市政権ができない」ほうが有り難いのか(時事通信フォト)
《自民党総裁選の予測も大外れ》解散風を煽り「自民苦戦」を書き立てる新聞・テレビから透けて見える“高市政権では政権中枢に食い込めない”メディアの事情
週刊ポスト
ソフトバンクの佐藤直樹(時事通信フォト)
【独自】ソフトバンクドラ1佐藤直樹が婚約者への顔面殴打で警察沙汰 女性は「殺されるかと思った」リーグ優勝に貢献した“鷹のスピードスター”が男女トラブル 双方被害届の泥沼
NEWSポストセブン
出廷した水原一平被告(共同通信フォト)
《水原一平を待ち続ける》最愛の妻・Aさんが“引っ越し”、夫婦で住んでいた「プール付きマンション」を解約…「一平さんしか家族がいない」明かされていた一途な思い
NEWSポストセブン
公務に臨まれるたびに、そのファッションが注目を集める秋篠宮家の次女・佳子さま(共同通信社)
「スタイリストはいないの?」秋篠宮家・佳子さまがお召しになった“クッキリ服”に賛否、世界各地のSNSやウェブサイトで反響広まる
NEWSポストセブン
司組長が到着した。傘をさすのは竹内照明・弘道会会長だ
「110年の山口組の歴史に汚点を残すのでは…」山口組・司忍組長、竹内照明若頭が狙う“総本部奪還作戦”【警察は「壊滅まで解除はない」と強硬姿勢】
NEWSポストセブン
「第72回日本伝統工芸展京都展」を視察された秋篠宮家の次女・佳子さま(2025年10月10日、撮影/JMPA)
《京都ではんなりファッション》佳子さま、シンプルなアイボリーのセットアップに華やかさをプラス 和柄のスカーフは室町時代から続く京都の老舗ブランド
NEWSポストセブン
「週刊ポスト」本日発売! 電撃解散なら「高市自民240議席の激勝」ほか
「週刊ポスト」本日発売! 電撃解散なら「高市自民240議席の激勝」ほか
NEWSポストセブン