ライフ

大佛次郎『赤穂浪士』の過誤を400字で50枚以上指摘した連載

 江戸文化・風俗の研究家で江戸学の祖と呼ばれている明治生まれの三田村鳶魚(みたむらえんぎょ)は、昭和の初めごろ、流行の時代小説があまりに不正確だと評論し続けていた。みずから歴史番組の構成と司会を務める編集者・ライターの安田清人氏が、鳶魚が行った評論の一部について解説する。

 * * *
 三田村鳶魚は、昭和6年12月から翌7年11月まで、雑誌『日本及日本人』において「大衆文芸評判記」と題した評論を連載した。昭和初期の「今」をときめく人気作家の面々とその代表作を俎上(そじょう)にあげ、それらがいかに時代を正しく描けていないか、時代風俗をめぐる考証がなっていないかを執拗なまでに責めたて、彼ら一流どころの作家たちを悪しざまに酷評するという、まさに恐怖の連載だった。

 鳶魚の批評の切れ味とは、どのようなものだったか。少々気の毒ではあるが、大佛次郎『赤穂浪士』を例に挙げさせてもらう。いわずと知れた忠臣蔵小説だ。

 文中、御用聞(ごようきき、岡っ引き)の仙吉が怪しい曲者を見かけて捕縛したとの記述がある。すると鳶魚翁、犯罪者を縛ることができるのは同心(どうしん)で、同心の指図がなければ、御用聞が縄をかけることなどできるわけがないと指摘。

 また、松の廊下の刃傷場面で、「血は面をぬらして、肩先から大紋(だいもん)まで唐紅(からくれない)に見えた」とのくだりがあると、大紋とは式服の名称なのに、「大きな紋(家紋)の付いているところ」と誤解したから、こういう意味不明の文章となるとバッサリ。

 浅野内匠頭(たくみのかみ)に斬りつけられ手傷を負った吉良上野介(こうずけのすけ)に、大目付が「お咎めなし」と将軍の上意を伝える場面で、側用人(将軍側近)の柳沢吉保が突然現われ、上野介に慰めの言葉をかけるとなると、奥勤(おくづとめ)の柳沢がこんなところにひょいひょい出てくることはありえないとし、

「小説だから、善人を悪人に、夜を昼に、どう扱ってもいいけれども、どうしてもその時代にないことを書き出すのは、どういうものだろうか。例えば、現代のことを書くにしても、昭和の今日、洋服姿で大小(の刀)をさしているものを書いたら、どんなものか。それを考えれば、すぐわかる話だ」と、作者大佛次郎が「時代を描けていない」ことを鋭く批判する。

 この調子で、細部にわたる「過誤」の指摘が400字にして50枚以上、延々と繰り返されるのだ。いやはや、なんとも恐るべき執念ではないか。

■安田清人(やすだ・きよひと)1968年、福島県生まれ。月刊誌『歴史読本』編集者を経て、現在は編集プロダクション三猿舎代表。共著に『名家老とダメ家老』『世界の宗教 知れば知るほど』『時代考証学ことはじめ』など。BS11『歴史のもしも』の番組構成&司会を務めるなど、歴史に関わる仕事ならなんでもこなす。

※週刊ポスト2013年8月30日号

関連キーワード

関連記事

トピックス

小林ひとみ
結婚したのは“事務所の社長”…元セクシー女優・小林ひとみ(62)が直面した“2児の子育て”と“実際の収入”「背に腹は代えられない」仕事と育児を両立した“怒涛の日々” 
NEWSポストセブン
松田聖子のものまねタレント・Seiko
《ステージ4の大腸がん公表》松田聖子のものまねタレント・Seikoが語った「“余命3か月”を過ぎた現在」…「子供がいたらどんなに良かっただろう」と語る“真意”
NEWSポストセブン
今年5月に芸能界を引退した西内まりや
《西内まりやの意外な現在…》芸能界引退に姉の裁判は「関係なかったのに」と惜しむ声 全SNS削除も、年内に目撃されていた「ファッションイベントでの姿」
NEWSポストセブン
(EPA=時事)
《2025の秋篠宮家・佳子さまは“ビジュ重視”》「クッキリ服」「寝顔騒動」…SNSの中心にいつづけた1年間 紀子さまが望む「彼女らしい生き方」とは
NEWSポストセブン
イギリス出身のお騒がせ女性インフルエンサーであるボニー・ブルー(AFP=時事)
《大胆オフショルの金髪美女が小瓶に唾液をたらり…》世界的お騒がせインフルエンサー(26)が来日する可能性は? ついに編み出した“遠隔ファンサ”の手法
NEWSポストセブン
日本各地に残る性器を祀る祭りを巡っている
《セクハラや研究能力の限界を感じたことも…》“性器崇拝” の“奇祭”を60回以上巡った女性研究者が「沼」に再び引きずり込まれるまで
NEWSポストセブン
初公判は9月9日に大阪地裁で開かれた
「全裸で浴槽の中にしゃがみ…」「拒否ったら鼻の骨を折ります」コスプレイヤー・佐藤沙希被告の被害男性が明かした“エグい暴行”「警察が『今しかないよ』と言ってくれて…」
NEWSポストセブン
指名手配中の八田與一容疑者(提供:大分県警)
《ひき逃げ手配犯・八田與一の母を直撃》「警察にはもう話したので…」“アクセルベタ踏み”で2人死傷から3年半、“女手ひとつで一生懸命育てた実母”が記者に語ったこと
NEWSポストセブン
初公判では、証拠取調べにおいて、弁護人はその大半の証拠の取調べに対し不同意としている
《交際相手の乳首と左薬指を切断》「切っても再生するから」「生活保護受けろ」コスプレイヤー・佐藤沙希被告の被害男性が語った“おぞましいほどの恐怖支配”と交際の実態
NEWSポストセブン
国分太一の素顔を知る『ガチンコ!』で共演の武道家・大和龍門氏が激白(左/時事通信フォト)
「あなたは日テレに捨てられたんだよっ!」国分太一の素顔を知る『ガチンコ!』で共演の武道家・大和龍門氏が激白「今の状態で戻っても…」「スパッと見切りを」
NEWSポストセブン
2009年8月6日に世田谷区の自宅で亡くなった大原麗子
《私は絶対にやらない》大原麗子さんが孤独な最期を迎えたベッドルーム「女優だから信念を曲げたくない」金銭苦のなかで断り続けた“意外な仕事” 
NEWSポストセブン
ドラフト1位の大谷に次いでドラフト2位で入団した森本龍弥さん(時事通信)
「二次会には絶対来なかった」大谷翔平に次ぐドラフト2位だった森本龍弥さんが明かす野球人生と“大谷の素顔”…「グラウンドに誰もいなくなってから1人で黙々と練習」
NEWSポストセブン