スポーツ

武豊 サイレンススズカ故障の夜に生まれて初めて泥酔した

 逆転、挫折、復活……レースに凝縮される悲喜こもごものドラマは、人の一生にも例えられる。だから人は馬に熱狂する。競馬界に語り継がれる「至高の名勝負」から、1998年の天皇賞秋のサイレンススズカと騎手の武豊について、中村計氏(ノンフィクションライター)が綴る。中村氏は武に当時を振り返ってもらった。

 * * *
 三度のやんわりとした「返答拒否」。そこに武豊の、今なお整理がつかない複雑な思いが凝縮されているようだった。
 
 栗東トレセンで追い切りを終えた午前十時過ぎ。武は、表向きはあくまで淡々とあの日のことを振り返った。が、それだけにかえって感情の深さをうかがわせ、無念さが際立った。
 
 1998年11月1日、晴天の東京競馬場で開催された秋の天皇賞。1枠1番、そして1番人気と、日付と同じく3つの「1」が並んだサイレンススズカにレース後、4つ目の「1」が付くのは必然に思われた。ゲートが開き、何かに弾かれたように飛び出したサイレンススズカは、前脚を掻き込むごとに後続をぐんぐん引き離した。
 
 前半1000メートルを57秒4という信じられないような超ハイペースで通過。2番手のサイレントハンターとはおよそ10馬身もの差が開き、その後ろとはさらに5、6馬身の間隔が空いていた。普通の馬ならば完全なオーバーペースだが、サイレンススズカにとっては思い通りの展開だった。
 
 武が常識外れの逃げを打つようになった裏にはこんな経緯があった。サイレンススズカと初めてコンビを組んだのは、約1年前、1997年12月14日の香港国際Cだった。
 
「最初から全力で走り過ぎちゃうというか、サラブレッドの本質の塊のような馬だった」
 
 この頃は、先に行かせつつも後半に備えてどこかで抑えていた。そのため道中で折り合いを欠くことが多く、香港国際では終盤に捲られ5着に終わった。そこで武は大胆な騎乗を思いつく。
 
「抑えようと思ってもきかない。だったら、前半から好きなように走らせた方がいいと思った。この馬は走っているときがいちばん楽しそうでしたからね。それでも持つんじゃないかな、と」
 
 年が明け、古馬になったサイレンススズカは常識を逸脱した大逃げで連戦連勝。そうして気持ちよく走らせているうちにレース途中で息を入れることを覚える。
 
「馬が気付いてくれたんです。それで最後の最後で、また加速できるようになった。これはすごいことになったなと思いましたね」
 
 いよいよ才能を開花させたサイレンススズカは、1998年の4戦目、金鯱賞では2着以下を11馬身引き離し圧勝する。「あんな体験、普通はできない。(後ろからくる)足音をまったく聞かないままゴールしちゃったんですから!」
 
 武の中では今なお唯一無二の競走馬だからだろう、他にも似たような馬はいたかと問うと「他の馬との比較はいいじゃないですか」と小さく口を尖らせた。
 
 武が「あそこで完成した」と振り返るのは、1998年の6戦目、そこまで無敗で底知れぬ力を誇示していた外国産馬、エルコンドルパサーとグラスワンダーを破り6連勝を飾った毎日王冠だった。
 
「最高のレースが出来て、いよいよ海外も視野に入れ始めた。みんなびっくりするんじゃないかって話していたところだったんです」

関連記事

トピックス

大谷の母・加代子さん(左)と妻・真美子さん(右)
《大谷翔平を魅了》結婚相手・真美子さんの手料理は「お店のようなクオリティ」母・加代子さんの想いを受け継ぐ「温かな食卓の原風景」
NEWSポストセブン
ドジャースの公式Xより
ドジャース山本由伸が韓国遠征で「ジャージー×400万円バーキン」ファッション、なぜ野球選手は“ブランド好き”? かつては「ヴィトン×金ネックレス」が定番
NEWSポストセブン
板東英二のオフィシャルWEBサイトより
《吉田羊が連呼!》板東英二の“ふてほど”出演はあるか? “消息不明”の近況は…仕事オファーも断っている状況、“野球界のレジェンド扱い”も固辞か
NEWSポストセブン
大谷翔平(時事通信フォト)と妻の田中真美子さん(レッドウェーブ公式サイトより)
大谷翔平の結婚相手・田中真美子さん、抜群の好感度でメディア出演待望論 モデル、キャスター、インフルエンサーなど幅広い分野での存在感に注目
NEWSポストセブン
活動は今年10月で一区切り“スーパーボランティア”尾畠春夫さん(84)
《右耳聴覚も失っていた》“スーパーボランティア”尾畠春夫さん(84)が語った「活動は今年10月で一区切り」と「叶えたい夢」
NEWSポストセブン
3月5日に「ガスト」店内と思われる場所で撮影された”調味料一気飲み”の動画が拡散された
《ガストで調味料一気飲み》迷惑動画を撮影・SNS拡散の3人がついに全員謝罪も運営会社は「厳正な対処」を継続方針
NEWSポストセブン
大谷翔平(Getty Images)と妻の田中真美子さん(レッドウェーブ公式サイトより)
【彼女はめっちゃ甘え上手】大谷翔平の結婚相手・田中真美子さん、大学同窓生が明かす素顔「チャラ男は好きじゃない」
NEWSポストセブン
元横綱・白鵬の周りでは様々なトラブルが…
元白鵬・宮城野親方に関する「暴行告発状」“白鵬米”販売会で写真撮影をめぐるトラブル「取り巻きが市議にヘッドロック」証言
週刊ポスト
miwaと萩野公介(時事通信フォト)
【おしどり夫婦に何が】金メダリスト萩野公介がmiwaと電撃離婚「夫が家を出た」夫婦で大学院進学もすれ違いの日々か miwaがファンクライブサイトで発表
NEWSポストセブン
羽生と並んで写真に収まる末延さん(写真はSNSより)
【全文公開】羽生結弦のアイスショーとバイオリニスト元妻のディナーショー、公演日程が丸かぶり 「なぜ同じ日に?」と関係者困惑
女性セブン
話題になっているジャッキー・チェンの近影(微博より)
《ジャッキー・チェンの現在》今年70歳になる大スターの近影に中華圏で驚きの声あがる「ちょっと急に老けすぎでは」
NEWSポストセブン
大谷翔平(時事通信フォト)と妻の田中真美子さん(レッドウェーブ公式サイトより)
《お披露目》大谷翔平の結婚相手・田中真美子さんの好きなタイプは「ゴリマッチョ」敬愛する兄は巨漢ラガーマンの高身長ファミリー
NEWSポストセブン