蔡氏は台湾が日本統治時代だった1927年、台湾中部の清水で生まれる。地元の高校を卒業後、奈良にあった陸軍航空隊整備学校に志願入隊し、終戦を迎える18歳までを「日本人」として過ごした。終戦後は台湾に戻って体育教師を務めた後に実業家に転身。台湾随一の半導体デザイン会社・ウェルトレンド社の董事長(会長)などを務めた。
そんな蔡氏はビジネスの一線を退いた今も、日台の人的交流に全力を注いでいる。訪台する日本人の政治家や学者、ジャーナリストから大学生まで、彼らに台湾を案内し、日本と台湾の歴史について意見交換する。また、夜には台湾料理を振る舞いながら、日台の将来について語り合う。そんな時、「老台北」は決まってこう語りかける。
「皆さんは私に一宿一飯の義理ができましたね(笑い)。その借りを返してもらえるのなら、日本という国を愛してください。それが私へのお返しです。日本という国は、皆さんのものだけではなく、私のような“元日本人”のものでもあるのです。日本人よ、胸を張りなさい」
蔡氏のこの言葉に感動して涙する若者は少なくない。また、日本がこれほどまでに外国人から愛されていることに驚きを覚える者も多い。蔡氏はそうした日本への思いを綴った『台湾人と日本精神』を2001年に上梓し、同書は現在まで13刷を重ね、累計8万部を超えるロングセラーとなっている。
■レポート/井上和彦(ジャーナリスト)
※週刊ポスト2014年5月23日号