国内

自殺とネットと大拡散 自粛が意味をなさない時代を識者考察

 6月29日、東京・新宿で焼身自殺を図った男性がいた。その模様を収めた動画、写真は通行人らによって撮影され、ネットにアップされた。人が自殺する光景をどう捉えるべきなのか。コラムニストのオバタカズユキ氏が考える。

 * * *
 あの炎と黒煙の立ち上る写真や動画を見たときの衝撃が、いまでも蘇る人は少なくないはずだ。6月29日の日曜日の昼過ぎに、JR新宿駅南口前の歩道橋の鉄枠上で中年男性が焼身自殺を図り、その状況がネットで大量に発信、拡散された件である。

 ガソリンと思われる液体を自分の体にかけて着火し、燃えながら鉄枠の下に落ちていく黒い人間のシルエット。もがき苦しんで暴れるでもなく、黒い塊がボトンと落下する様子が生々しかった。幸い命は助かったそうだが、奇跡的だったのではないか。私は、人の「死」のあっけなさに呆然とした。

 自殺を図った中年男性は、着火前に長時間、集団的自衛権の行使容認などに反対する演説を行っていたらしい。そのことは情報として知らされた上で写真や動画を見たのだが、私はこれを「政治的な事件の発生だ」とは思わなかった。抗議のために命を賭す人が出るまでの緊迫した空気を、今の日本の政治社会に感じないからだ。

 では、SNSで見つけたあの動画を、私はどんな気持ちで視聴し始めたのか。正直に自問自答すると、それは野次馬根性(自分に関係ないことを無責任に面白がって騒ぎ立てる性質。:広辞苑)、あるいは恐いもの見たさといった、いずれにしても下衆な種類の好奇心だ。

 見始めは好奇心で食らいついた。でも、見ていくうちに「これはいけない」という感情が湧いてきた。一通りを見終わると気分が悪くなってしまった。人が壊れている状態、人の命がいま消えようとしているところを野次馬根性で覗き見続けた自分に対する嫌悪感が、後からどっと襲ってきたのだ。

 当たり前だが、ドラマではないリアルの世界の人の「死」は楽しめるものではない。「自殺」となれば余計にそうだ。自殺は存在の否定だと私は考える。否定される「存在」は当人だけではなく、世界のあらゆる事象が該当する。その中には同時代を生きる自分も含まれている。だから、たとえ赤の他人でも、自殺者はいつも自分の存在にNOをつきつけてくる。

 自殺の報を聞くと、体調があまりよろしくない時の私は、「また自分は全否定された」というに近い精神的打撃を受ける。過敏にすぎる反応だと自分でも思うが、我々の多くが自殺を忌み嫌うのには、同じような自己否定に対する抵抗が関係しているような気もする。

 しかし、人の心理は分からないもので、多くの人が自殺を嫌う一方で、自殺者の行動に同調してしまう人もいる。自殺が次々と連鎖する、いわゆる模倣自殺の危険性がいつも潜んでいるのだ。

 複雑な自殺行動の仕組みの解明はまだまだ途上にあるそうだが、自殺の報道が模倣自殺を誘発する危険性とその予防の研究はけっこう進んでいる。WHOが世界のメディア関係者に向けて報道の仕方の注意点を次のようにまとめている。「自殺を、センセーショナルに扱わない」「自殺の報道を目立つところに掲載したり、過剰に、そして繰り返し報道しない」「写真や映像を用いることにはかなりの慎重を期する」などなど。

 今回の新宿駅南口前の自殺未遂は、新聞では「ベタ記事」扱いで、テレビもごくあっさり報じたのみだった。NHKは報道自体しなかった。WHOの注意をどこまで意識したのかは不明だが、結果的にはこのぐらいの伝えられ方で良かったのではないかと思う(自殺未遂者が安倍政権批判をしていたからマスコミは報道自粛したのだ、という声もあるが、それはうがち過ぎではないだろうか)。

関連キーワード

関連記事

トピックス

全国でクマによる被害が相次いでいる(AFLO/時事通信フォト)
「“穴持たず”を見つけたら、ためらわずに撃て」猟師の間で言われている「冬眠しない熊」との対峙方法《戦前の日本で発生した恐怖のヒグマ事件》
NEWSポストセブン
韓国のガールズグループ「AFTERSCHOOL」の元メンバーで女優のNANA(Instagramより)
《ほっそりボディに浮き出た「腹筋」に再注目》韓国アイドル・NANA、自宅に侵入した強盗犯の男を“返り討ち”に…男が病院に搬送  
NEWSポストセブン
ラオスに到着された天皇皇后両陛下の長女・愛子さま(2025年11月17日、撮影/横田紋子)
《初の外国公式訪問》愛子さま、母・雅子さまの“定番”デザインでラオスに到着 ペールブルーのセットアップに白の縁取りでメリハリのある上品な装い
NEWSポストセブン
ドジャース入団時、真美子さんのために“結んだ特別な契約”
《スイートルームで愛娘と…》なぜ真美子さんは夫人会メンバーと一緒に観戦しないの? 大谷翔平がドジャース入団時に結んでいた“特別な契約”
NEWSポストセブン
山上徹也被告の公判に妹が出廷
「お兄ちゃんが守ってやる」山上徹也被告が“信頼する妹”に送っていたメールの内容…兄妹間で共有していた“家庭への怒り”【妹は今日出廷】
NEWSポストセブン
靖国神社の春と秋の例大祭、8月15日の終戦の日にはほぼ欠かさず参拝してきた高市早苗・首相(時事通信フォト)
高市早苗・首相「靖国神社電撃参拝プラン」が浮上、“Xデー”は安倍元首相が12年前の在任中に参拝した12月26日か 外交的にも政治日程上も制約が少なくなるタイミング
週刊ポスト
相撲協会の公式カレンダー
《大相撲「番付崩壊時代のカレンダー」はつらいよ》2025年は1月に引退の照ノ富士が4月まで連続登場の“困った事態”に 来年は大の里・豊昇龍の2横綱体制で安泰か 表紙や売り場の置き位置にも変化が
NEWSポストセブン
三重県を訪問された天皇皇后両陛下(2025年11月8日、撮影/JMPA)
《季節感あふれるアレンジ術》雅子さまの“秋の装い”、トレンドと歴史が組み合わさったブラウンコーデがすごい理由「スカーフ1枚で見違えるスタイル」【専門家が解説】
NEWSポストセブン
俳優の仲代達矢さん
【追悼】仲代達矢さんが明かしていた“最大のライバル”の存在 「人の10倍努力」して演劇に人生を捧げた名優の肉声
週刊ポスト
10月16日午前、40代の女性歌手が何者かに襲われた。”黒づくめ”の格好をした犯人は現在も逃走を続けている
《ポスターに謎の“バツ印”》「『キャー』と悲鳴が…」「現場にドバッと血のあと」ライブハウス開店待ちの女性シンガーを “黒づくめの男”が襲撃 状況証拠が示唆する犯行の計画性
NEWSポストセブン
全国でクマによる被害が相次いでいる(右の写真はサンプルです)
「熊に喰い尽くされ、骨がむき出しに」「大声をあげても襲ってくる」ベテラン猟師をも襲うクマの“驚くべき高知能”《昭和・平成“人食い熊”事件から学ぶクマ対策》
NEWSポストセブン
オールスターゲーム前のレッドカーペットに大谷翔平とともに登場。夫・翔平の横で際立つ特注ドレス(2025年7月15日)。写真=AP/アフロ
大谷真美子さん、米国生活2年目で洗練されたファッションセンス 眉毛サロン通いも? 高級ブランドの特注ドレスからファストファッションのジャケットまで着こなし【スタイリストが分析】
週刊ポスト