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2014.07.21 07:01  週刊ポスト

「君、映画に出ないか」と社長に言われ俳優になった松方弘樹

 東映は東京の大泉と京都の太秦に2つの撮影所を所有している。東京は主に現代劇を、京都は主に時代劇を製作しており、松方がデビューしたのは東京だった。が、すぐに京都に移り、時代劇に出演することになる。

「ある時、大泉の正月作品で時代劇の鬘(かつら)を被ったんです。そしたら似合うというので、18歳の時に太秦に引っ張りこまれました。当時は(北大路)欣也と二人で売り出されました。あいつは『東映のプリンス』、僕は『東映の暴れん坊』ということでね。でも、客は全く入らなかった。

 当時は台本を覚えるので精一杯でした。5冊くらい抱えているわけだから。顔は同じままで衣装の鬘だけ変えて朝昼晩と違う現場を回りました。ですから、芝居の勉強というより、即実践でした。その代わり現場で下手を打ってばかりいて、僕だけ最後までよく残されていましたよ。

 相手役にしても丘さとみさん、花園ひろみさんとみんな先輩で上手くて、18歳の僕とはレベルが違うんです。それでも、監督さんたちが時には怒りながら丁寧に教えてくれました。誰に演技を教えてもらったというのはないですが、監督さんたちに手取り足取り教えていただいたというのはありますね。

 今は使い捨てなんですが、当時の映画会社にはスターを育てるというのが使命としてありました。五社協定というのがあって、自前でスターを作らずにヨソから引っ張ってきたら高くつくんです。そういうシステムの時代にこの業界に入ったんです。

 僕は40歳になった時に『修羅の群れ』に主演できましたが、そこへたどり着くまで結構大事に、いい作品に出させてもらいました。今はもう、そういうシステムはない。映画会社が自前で映画を作りませんからね」

●春日太一(かすが・たいち)/1977年、東京都生まれ。映画史・時代劇研究家。著書に『天才 勝新太郎』(文春新書)、『仲代達矢が語る日本映画黄金時代』(PHP新書)、『あかんやつら~東映京都撮影所血風録』(文芸春秋刊)ほか。

※週刊ポスト2014年7月25日・8月1日号

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