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【書評】モンテーニュ随筆集『エセー』のやや邪道な最適入門書

【書評】『寝るまえ5分のモンテーニュ「エセー」入門』アントワーヌ・コンパニョン著 山上浩嗣、宮下志朗訳/白水社/1600円+税

【評者】山内昌之(明治大学特任教授)

 この本は、16世紀に出されたモンテーニュの随筆集『エセー』の読み方として、やや邪道な方法を採っている。フランスの正統的な知識人にとって、エセーから短文の形で伝統的な教訓を抜き出してくるのは御法度だったらしい。フランス人らしいエスプリになじまないと言いたいのだろう。

 しかし著者は、あえて数行の文章を40ほど選んで、その歴史的な意味を現代の文脈で解説してくれる。この親切な試みで、仕事の合間でも、4ページに凝縮された文明論や人生論の知恵を日本人も簡単に学べるのはありがたい。

 改めて痛感したのは、宗教戦争という内乱の時代に生きていただけに、モンテーニュが戦争と平和との関係に幻想を抱かなかった怜悧さである。著者は「戦争と平和」の節で、モンテーニュが戦時でもいかに自らの自由を確保し、いかに平和を見出すかについて説いたと語る。

 本書でモンテーニュに初めて接する人は、彼がペンは剣より強しと考えたこともなく、人間が説得力によって交渉することで平和が実現できることにも懐疑的だった点を知り驚くかもしれない。

 モンテーニュは、古代ローマのキケロと違って言葉や弁論術に不信感を抱いていた。雄弁のアテネよりも行動のスパルタの方を好んだのだ。トルコも古代ローマも武力を尊び学芸を軽んじる点で似ていた。著者は、「ローマ人」の節で、国家の強さが文化の発展と反比例し、「学問にかまけるような国家は滅亡に瀕する」ことをモンテーニュが示したと力説する。

 本書で浮かび上がるモンテーニュの実像は、ユマニストというよりも政治リアリストの怜悧な姿である。

 それなのに、キャベツを植えている時に死が迎えに来てほしいとぐずぐず語るあたりに(「目的と終わり」の節)、日常生活から政治外交や戦争を平気で横断する思索の広がりと魅力を感じるのである。人を食った書名だが、エセー入門として最適の本と言うべきだろう。

※週刊ポスト2014年12月19日号

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