■発達障害は生まれる病院で5倍違った

 発達障害児の増加理由は、「完全母乳」や「カンガルーケア」といった誤った出産管理が原因なのではないか―─その鍵となる1つの研究論文がある。

 表題は『福岡市の発達障害児の実態調査』。福岡市立こども病院を中心とする小児科医グループが2008年にまとめた研究報告書だ。

〈福岡市でも発達障害の診断を受ける小児が急増しており、医療・福祉の対応が急がれている。(中略)今回、私たちは福岡市内の発達障害児の推移を把握し、病歴聴取時に得た周産期障害の有無、分娩施設間の情報を統合し、病態危険因子の検討を行った〉

 実際に発達障害の診断を行なっている医師たちは、6年前の段階で危機感を募らせて原因を探ろうとしていたのである。彼らが注目したのも久保田氏と同じく出産直後の問題だった。

 この研究が世界にも類がないのは、同市のこども病院などで発達障害と診断されたすべての子供たちのカルテの記録をデータベース化(氏名、住所は除く)し、1989年までさかのぼって、生まれた病院によって発達障害の発生率がどのくらい違うかを比較調査したことである。

 研究目的が書かれた文書には、チームの問題意識がこう綴られている。

〈新生児初期の低体温や低血糖が障害児発生と密接な関係があるのではないかという仮説がある。私たちは多数の小児神経患者の診療を行っている中で、新生児の低体温や低血糖に対する予防対策を厳重に行っている医療機関では、障害児の発生が少ないという印象を持っている。

 障害児の周産期歴を調査して、分娩施設間で障害児発生に差があるか否かを検討することは、障害児の発生原因を追求する上で非常に有意義なことと考える〉

 驚くべき結果が見られた。

 報告書には、同規模のA、B2つの個人病院の比較で、発達障害の発生率に約5倍の違いがあった。また過去5年間分を比べてもその差はほとんど変わらなかったと報告された。

 久保田医師が語る。

「発達障害の原因について分娩前後の周産期医療の視点からの研究はほとんどなされていません。この調査は出産直後の赤ちゃんの栄養(血糖値)や体温の管理がその後の障害の発生に関係しているかどうかを問題提起した画期的な内容でした。報告書ではA病院とB病院の間で何が違うかまでは踏み込んでいませんが、研究を継続してカンガルーケアや完全母乳の病院と、出産初期の赤ちゃんに糖水や人工乳で栄養を補っている病院間で障害の発生率に差があるかを多くのサンプルで調査すれば、どちらが赤ちゃんにとって安全な新生児管理のやり方かがわかるでしょう」

 厚労省にとっては、国策として推進した政策が誤っていたかどうかの審判をつきつけられかねない研究だったということができる。それだけに、こんな重要な報告だったにもかかわらず、政府も医学界も動きはにぶかった。

 福岡市の研究チームの報告書の結語には、〈幼児期以降の発達予後の情報を産科と共有しさらに詳細な検討が必要であると考えられた〉と調査継続の重要性が指摘されていたが、研究が継続された形跡はない。

 いまや日本の医療界では、「カンガルーケア」「完全母乳」「母子同室」に異論を唱えることは“タブー”とされているのだ。

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