■粉ミルクを買うと批判される
「赤ちゃんにやさしい」とされる医療を実践する病院の内部文書を本誌取材班は入手した。
「研修医の先生方へのお願い」という表題があり、病院の責任者(小児科医)名で、研修に来た医師や医療スタッフ向けに、異変が起きた赤ちゃんを同病院の新生児センターのNICUに入院させる際の注意事項をまとめたものだ。
こう書かれている。
〈当院産科では、母乳育児を推進しています。そのためにユニセフ、WHOが提唱した「母乳育児を勧めるための10カ条」を実践しています。出生すぐからの直接授乳と母子同室はもちろん、医学的に必要と思われる場合を除き、糖水追加も極力行わない方針です。当然産科滞在児への人工乳投与は原則として行わず、必要な場合は許可制になっており、センター長の許可が必要です。また同様の理由から、黄疸、その他の原因で新生児センター入院になった場合でも、母親の母乳分泌に対する努力にむくいるためにも、「母乳が足りなかった」「脱水だ」といった説明は万一必要な場合にも非常に慎重に行っていただきますようお願い致します〉
そのうえで、「医学的に必要と思われる場合」の具体例として、〈臨床的な脱水、あるいは生理的体重減少15%以上〉などが挙げられている。先述の産婦人科医会のガイドラインをも上回る15%という基準にも驚くが、そうした処置で赤ちゃんがNICU送りになっても、母親に「母乳不足」「脱水」と説明するなという“口止め”は何の必要性があるのか甚だ疑問だ。こうした文書を出したのは、病院の責任者が完全母乳で赤ちゃんが飢餓状態に陥るリスクがあることを十分承知しているから、万一、問題が起きた際には病院ぐるみで事実を隠蔽するシステムを作ろうとしたからではないのか。
この文書を書いた完全母乳推進派の医師は、
「どこから出たんですか。一切そのような文書を出した事実はありません。母乳に執着することはほとんどありません。当然足りなければ足していかなければなりません」
と、文書そのものの存在を否定した。
日本の産婦人科病院の草分けとして知られる小畑会浜田病院副院長で、日本母乳哺育学会元会長の合阪幸三・医師が語る。
「母乳の出が良くない場合は必要に応じて人工乳を与えることをためらうべきではない。それが本当の赤ちゃんにやさしい母乳哺育です。それなのにBFH認定病院をはじめ、母乳以外は一切与えないという行き過ぎた完全母乳主義の病院は、赤ちゃんに難行苦行を強いているようなものです。久保田医師は1万例以上の臨床データをもとにそうしたやり方に注意を促しており、傾聴に値する意見です。
そもそもWHOの勧告は先進国も途上国にも共通の内容になっており、衛生環境や医療体制が整った日本にそのままあてはめるわけにはいかない。しかし、完全母乳やカンガルーケアを推進する医師や助産師の声が大きいから、厚生労働省も推進政策をとってきた。かわいそうなのはお母さんたちです。完全母乳の病院しかない地方では、母乳が出ないお母さんは地元で粉ミルクを買うと批判されるため、わざわざ近所に知られないように隣町に買いに行くというケースさえある。憂うべき状況です」
それだけではない。完全母乳やカンガルーケア推進の背後には、医療利権の影が見え隠れしている。(【3】に続く)
<プロフィール>
久保田史郎(くぼた・しろう):医学博士。東邦大学医学部卒業後、九州大学医学部・麻酔科学教室、産婦人科学教室を経て、福岡赤十字病院・産婦人科に勤務、1983年に開業。産科医として約2万人の赤ちゃんを取り上げ、その臨床データをもとに久保田式新生児管理法を確立。厚労省・学会が推奨する「カンガルーケア」と「完全母乳」に警鐘を鳴らす。
※週刊ポスト2014年11月14日号