■母親たちに知らされてないリスク
出産直後の母親の母乳がほとんど出ない時期に「完全母乳」によって栄養不足になった赤ちゃんは、「低血糖症」や「重症黄疸」「脱水」などの症状に陥る危険が高まる。久保田医師は、いずれも障害の後遺症が残る危険性がある症状だと指摘する。
「新生児の低血糖症は脳に障害を与えるリスクが高いことが知られており、日本や海外の論文で、将来の後遺症を予防するために新生児の低血糖の早期診断と治療が必要だと指摘されている。新生児の重症黄疸も発達障害のリスクを高めることがデンマークの調査で報告され、トルコの研究では脱水を発症した母乳栄養児の半数以上で1歳以降に何らかの発達障害を認めたという研究があります。しかし、日本の学会では母乳推進派の発言力が強いため、いずれも新生児には自然に起きることで、よほど重症化しない限り心配はいらないと軽視されています」
推進派は、完全母乳の長所を宣伝する一方で、そうしたリスクは母親たちに知らせていない。
学会では完全母乳推進のために、赤ちゃんを危険に追い込むガイドラインまで作られている。その一つが「血糖値を測らなくていい」というものだ。
助産師の証言にあるように、完全母乳推進派の医師は、赤ちゃんが完全母乳で低栄養になっていないかどうかを調べる「血糖値検査」をしたがらない。
前回記事【1】で紹介した都内の総合病院の医療事故では、3300gで生まれた元気な赤ちゃんに病院が完全母乳を実施し、34時間後に呼吸停止して重い後遺症を負い、植物状態になっている。その間に赤ちゃんに与えられた栄養は30ccの人工乳のみ。新生児に最低限必要な栄養(母乳や人工乳)の10分の1以下だったが、病院側は血糖値を測っていなかった。
それというのも、母乳推進派の団体(母乳育児医学アカデミー)は、ガイドラインで〈健康で成長が適正な新生児に血糖値をモニタリングする必要はなく、親の満足感や母乳育児確立を害する可能性もある〉と指導しているからだ。完全母乳主義の多くの病院ではそのガイドラインに従って健常児の血糖値は測定しなくて良いとされている。
久保田医師が指摘する。
「産科学の教科書では、母親が妊娠糖尿病など低血糖リスクのある赤ちゃんは血糖値をチェックすることになっているが、健常な赤ちゃんには定めがない。そこで完全母乳を推進する医師や病院は、ガイドラインを理由に血糖値を調べないことにしている。その結果、赤ちゃんが完全母乳で飢餓状態におかれて重大な事故に巻き込まれても、原因不明として闇に葬られています。原因をうやむやにするための基準とみられても仕方がない」
さらに日本産婦人科医会は2013年まとめた「新生児のプライマリケア」というガイドラインで、完全母乳栄養の場合、新生児の体重減少を最大10%まで許容する基準を設けた(人工乳の場合は体重減少5%まで)。完母の赤ちゃんは人工乳を与えられた赤ちゃんより体重が減っても問題ない、という奇妙な基準である。
「私の医院で生まれた1万4000人の赤ちゃんのデータでは、生後数日間で起きる体重減少は平均2%以下でした。母乳が足りない分を糖水や人工乳で補ってやれば、体重はほとんど減らないことがわかっています。学会でも発表しました。そうしたデータから見て10%という体重減少は明らかに飢餓状態なのに、学会は根拠さえ示さないで10%まで許容できるという基準を決めた。完全母乳の赤ちゃんは栄養不足で体重が大きく減る。それを正当化するために決めたのです」(久保田医師)