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石田衣良氏 「ベタな物語」「見せかけの賢さ競争」に苦言

直木賞作家・石田衣良氏

「NEWSポストセブン」恒例の直木賞作家・石田衣良氏の年頭インタビューをお届けする。2014年、日本人はわかりやすい物語に振り回された。(取材・文=フリーライター・神田憲行)

 * * *
 去年1年間のニュースを見ていて感じるのは、今の日本人がベタなわかりやすい物語を惹きつけられやすいということです。

 ゴーラストライター疑惑の佐村河内問題もSTAP細胞騒動も、根は一緒だと思いません? みんなが受け入れやすいベタなストーリーを作って押し出されると、欺されたい気持ちがずっとあるんですよね。アベノミクスだって、そのベタなストーリー提供が巧かったんだなと気がする。ベッタベタなものがいま来ているな。

 僕が仕事をしている小説の世界でも最近、嘘くさいなと感じます。物語の中心が道徳の話なんですよね。国のために死ぬとか、親子の情とか、警察ものでも銀行ものでも、組織の中で正義を貫くみたいな話じゃないですか。反道徳的な小説も、結局は道徳に絡め取られているわけですから。恋愛小説は不幸ばかりで鬱陶しいなというのもあるし。

 なーんか嘘くさくて、そういうものを信じていない僕は体質的に全く受け付けなくなりましたね。1ページたりとも読めない。だから逃げ場はファンタジーかSFばかりになるんですけれどね。道徳と切れた非・道徳的な小説ができないかと考えています。

 そしてベタなストーリーが偽物だとわかると、手のひら返しでバッシングが始まる。相変わらずそこはなかなか成熟しないものだなあ、底が浅い。

 不正経理の記者会見で号泣した県議さんがいましたけれど、あの人も自分が作った物語にいっぱいいっぱいになって、それを突かれたから号泣した。落ち着いて自分のことが信じられないんですね。最近ああいう人が増えてきているかもしれない、終電で駅員を殴るサラリーマンとかさ。ふだんから何かに堪えに堪えていたロープがブツンと切れると、逆上してギャアーとなる。

 日本人全体の中で堪えて頑張る力というのがだんだん弱くなってきている気がするんですよね。アメリカの日系移民の歴史を見ると、最初の世代は死ぬほど頑張って、それが次の世代に引き継がれていくうちに徐々に生活レベルが上昇していく。だから今の日系人はわりと豊な地位にありますよね。

 今はそれが無くなって、庶民が次々と切れてこぼれていく。しかも坂道が急になっているので、しがみつかないと転げ落ちてしまう。ものすごく心配です。

 ネットの世界ですごく人の関係が切れやすくなっていると感じませんか。ネットは、ある漫画が好きとか小説が好きですぐ近くなれるのに、家族の間では会話が少なくなるという不思議な個を浮かび上がらせる力がある。人間を落っことして分断させる力があると思います。

 これは西洋の文明全般にある指向性、思想なんですよね。極端にいえばこの世界は全部神様から人間が預かったものだから、どのように自然を使ってもいいとか、自然現象をどんどん細かくわけていって、分析してそれぞれ対処法を組み合わせて使っていくという考え方なんでね。それが人間に対してだと独創性とか個の違いにつながるんですが、なにか行きすぎている感じがします。

 みんな不安なんですよね。SNSなんか見ていると、みんなハイセンス競争とか賢さ競争をやってどんどん孤立していっている。しかも言葉は激しくなるのにその孤独感は癒されないという恐ろしいところにいってますよね。賢さ競争、ハイセンス競争、お金持ちの振り競争から降りると本当に楽になると思うんだけれどなあ。消費の傾向も、これを持っている自分はスマートなのである、賢いのであるというものが売れるので、意外と値段とかブランドではない。

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