ライフ

井上荒野の新作 不倫は嫌いな人も絶対しないとは言い切れぬ

【著者に訊いてみました】『悪い恋人』井上荒野/朝日新聞出版/1728円

※あらすじ
 沙知は夫と結婚して8年。何一つ不自由のない満足した毎日を送ってきた。しかし、家の裏にある森の再開発を行う不動産業者として現れた中学の同級生と肉体関係をもってしまう。男は、沙知が家族と過ごす週末にも連絡してくるように…。著者は、「10人いたら10人が全員違う感想を抱く小説を書きたいと思って、この作品も書きました」と語る。

「悪い関係、救いのない恋愛を書きたかった。三島由紀夫に『美徳のよろめき』という作品がありますけど、私は、まったく美しくない『不毛なよろめき』を書こうと」(井上さん・以下「」内同)

 不倫の甘美さも罪悪感もなく、ただただ、全編に立ち込める不穏な気配にとらえられてしまう。

 主人公の沙知は30代の専業主婦。息子が1人いて、夫の両親が建てた郊外の二世帯住宅に暮らしている。夫とは毎朝、見た夢を語り合う習慣で、セックスレスでもない。何不自由ない暮らしが、裏の森を伐採する開発工事を機にゆがみ出す。両親や夫が反対運動を始める一方、沙知は不動産業者の社員になっていた同級生の勲と再会、不倫の関係になる。

「人の運命って、どうでもいいようなことで変わるんじゃないか。このお店に立ち寄ったから、朝、化粧がうまくいかなかったら。そんなささいなことで変わることだってあると思うんです」

 道を歩いていて深い穴に落ちるように、勲との不倫は唐突に始まる。

「じつは夫に不満があるから、両親と同じ家に住んでいるからとか、わかりやすい理由を探せなくはないけど、そんな理由のない、何の言い訳もできないところで、人にはこういうことが起こりうるんですよね」

 ハンサムで、女の扱いを知る勲は気の向くままに沙知を呼び出す。言いなりになる女だと見くびられ、要求に従う一方で、沙知にはそんな相手を観察する冷静さもある。

「気持ちをもっていかれない。どこかふてぶてしいところがある女なんです」

 結婚願望が強く、望み通りの結婚をする一方で、沙知は料理やファッションにまったく関心がない。彼女の目を通して、夫や両親の奇妙さも次第にクローズアップされる。彼らは、沙知の秘密にほんとうに気づいていないのか。あれほど反対したはずの伐採も、打つ手がなくなり工事が始まってしまえば、なにも起こらなかったようにふるまう。

 開発工事や説明会のディテールがリアルなのは、井上さんの自宅近くでも雑木林を伐採する開発工事があったからだそうだ。

「徹底的に反対し、波風を立てる人もたしかに小説的ですけど、起きたことを受け入れるという心の動きも小説になる、と私は思う。そちらが普通、と自分の認識のほうをシフトさせていくのは、人が生きていく本能のようなものじゃないかな」

 小説に道徳や倫理は持ち込まないという、井上さんの信条にふさわしい結末が用意される。

「不倫は嫌いという人でもこの先、自分には絶対こんなことは起きないと断言はできないはず。私たちの地続きにある世界を書いた小説です」

(取材・文/佐久間文子)

※女性セブン 2015年2月19日号

関連記事

トピックス

《愛子さま、単身で初の伊勢訪問》三重と奈良で訪れた2日間の足跡をたどる
《愛子さま、単身で初の伊勢訪問》三重と奈良で訪れた2日間の足跡をたどる
女性セブン
水原一平氏と大谷翔平(時事通信フォト)
「学歴詐称」疑惑、「怪しげな副業」情報も浮上…違法賭博の水原一平氏“ウソと流浪の経歴” 現在は「妻と一緒に姿を消した」
女性セブン
『志村けんのだいじょうぶだぁ』に出演していた松本典子(左・オフィシャルHPより)、志村けん(右・時事通信フォト)
《松本典子が芸能界復帰》志村けんさんへの感謝と後悔を語る “変顔コント”でファン離れも「あのとき断っていたらアイドルも続いていなかった」
NEWSポストセブン
大阪桐蔭野球部・西谷浩一監督(時事通信フォト)
【甲子園歴代最多勝】西谷浩一監督率いる大阪桐蔭野球部「退部者」が極度に少ないワケ
NEWSポストセブン
がんの種類やステージなど詳細は明かされていない(時事通信フォト)
キャサリン妃、がん公表までに時間を要した背景に「3人の子供を悲しませたくない」という葛藤 ダイアナ妃早逝の過去も影響か
女性セブン
創作キャラのアユミを演じたのは、吉柳咲良(右。画像は公式インスタグラムより)
『ブギウギ』最後まで考察合戦 キーマンの“アユミ”のモデルは「美空ひばり」か「江利チエミ」か、複数の人物像がミックスされた理由
女性セブン
30年来の親友・ヒロミが語る木梨憲武「ノリちゃんはスターっていう自覚がない。そこは昔もいまも変わらない」
30年来の親友・ヒロミが語る木梨憲武「ノリちゃんはスターっていう自覚がない。そこは昔もいまも変わらない」
女性セブン
水原氏の騒動発覚直前のタイミングの大谷と結婚相手・真美子さんの姿をキャッチ
【発覚直前の姿】結婚相手・真美子さんは大谷翔平のもとに駆け寄って…水原一平氏解雇騒動前、大谷夫妻の神対応
NEWSポストセブン
大谷翔平の通訳・水原一平氏以外にもメジャーリーグ周りでは過去に賭博関連の騒動も
M・ジョーダン、P・ローズ、琴光喜、バド桃田…アスリートはなぜ賭博にハマるのか 元巨人・笠原将生氏が語る「勝負事でしか得られない快楽を求めた」」
女性セブン
”令和の百恵ちゃん”とも呼ばれている河合優実
『不適切にもほどがある!』河合優実は「偏差値68」「父は医師」のエリート 喫煙シーンが自然すぎた理由
NEWSポストセブン
大谷翔平に責任論も噴出(写真/USA TODAY Sports/Aflo)
《会見後も止まらぬ米国内の“大谷責任論”》開幕当日に“急襲”したFBIの狙い、次々と記録を塗り替えるアジア人へのやっかみも
女性セブン
違法賭博に関与したと報じられた水原一平氏
《大谷翔平が声明》水原一平氏「ギリギリの生活」で模索していた“ドッグフードビジネス” 現在は紹介文を変更
NEWSポストセブン