石坂の演じる権力者は、悪役的な憎々しさとは異なる、どこか生々しい厭らしさが漂う。
「権力者を演じる時は、取り立てて強調することはしません。たとえば『白い巨塔』だと、大学病院には教授は必要ですし、教授になった人はそれを守ろうとする。そこでは座っているだけで周囲は頭を下げるわけなので、普通にしていれば偉い奴だと思われるんです。考え方としては『太閤記』の時と同じです。
思い出すのは、森雅之さんが舞台の『オセロ』でイアーゴを演じられた時の言葉です。普通は憎々しく演じる役なのですが、森さんは二枚目でカッコよく演じていた。それでお目にかかってお話をうかがったんです。
すると『ストーリー上はちゃんと残酷な人間になっているじゃないか。それなら、それ以上の残酷さを僕が説明することもないよね。後は、僕が演じているんだから僕なりのやり方でやればいいんだ』と。『それなら、僕がやる時も僕なりにやって構わないんですか』と聞いたら『そうだ。ちゃんと台本にはずる賢く書いてあるだろ。あとは演出家に「こうしてほしい」と言われた時だけ、そうすればいいんだ』とおっしゃっていました。
『憎々しく演じることもないし、「悲しい」とか説明しなくてもいい。台本に書いてあることは、一切やらなくていいんだ』と」
●春日太一(かすが・たいち)/1977年、東京都生まれ。映画史・時代劇研究家。主な著書に『天才 勝新太郎』、『あかんやつら~東映京都撮影所血風録』(ともに文藝春秋刊)など。本連載に大幅加筆した単行本『役者は一日にしてならず』が発売中。
※週刊ポスト2015年3月7日号