産経と安倍氏の“絆”が強まったのは安倍氏が売り出し中だった2005年に朝日新聞が報じたNHK番組改変問題からだとされる。朝日は安倍氏や故・中川昭一氏がNHKに圧力をかけて従軍慰安婦番組を改変させたと報じたのに対し、安倍氏らは報道を全面否定、産経新聞も社説で「朝日には立証責任がある」として安倍氏擁護の論陣を張った。
その後、2006年に第1次安倍内閣が発足すると、朝日は徹底的に情報を干し上げられ、産経が官邸に食い込んだ。
2012年末からの第2次安倍内閣で朝日新聞追及の狼煙をあげたのも産経だった。朝日新聞が福島第一原発事故対応の現場指揮を執った吉田昌郎・元所長の調書を独占入手し、〈福島第一の所員、命令違反し撤退、吉田調書で判明〉と報じると、産経新聞は〈吉田所長、「全面撤退」明確に否定〉と朝日の誤報を追及するキャンペーンを張り、朝日は全面謝罪に追い込まれる。
この報道合戦では、当初、朝日だけしか入手していなかった吉田調書を産経が入手できたルートにも官邸の影がちらつく。
まさに共同戦線で“共通の敵”朝日を討ちとったわけである。この後、朝日は安倍批判を潜めて事実上、首相の軍門に降る。
※週刊ポスト2015年3月13日号