炊飯器では10万円を超える高級品が次々と登場している一方で、トースターはメーカー、消費者ともに“焼ければ十分”という傾向が強い。そうした中で、バルミューダが一般的な価格帯の約10倍という“超高級品”の発売に至ったのはなぜか。
きっかけは1991年にさかのぼる。同社の寺尾玄・社長は17歳で高校を中退してスペイン、イタリアなどに放浪の旅に出た。
その初日のスペイン・ロンダでのこと。緊張から疲れ切り、かつ空腹だった彼は、街角のベーカリーから流れ漂う香ばしい香りに引き寄せられた。そこで、たどたどしいスペイン語で焼きたてのパンを分けてもらう。それは一口かじった瞬間に涙が溢れ出るほど、感動的な味だったという。以来、20年以上、“奇跡のトースターを世に出したい”という構想が寺尾社長の中で温められてきた。
2014年5月、大きな転機が訪れる。バルミューダは社内バーベキュー大会を行なった。ところがその日は、あいにくの土砂降り。仕方なくテントの下で持参していた食パンを焼いたところ、驚くようなおいしさのトーストが焼けたという。そして、“この味を再現できれば奇跡のトースターになる”と寺尾社長は閃いた。技術担当者は翌日からトーストを焼く日々が始まった。
「パンの種類や品質も多岐にわたり、それぞれの焼き上がる最適な条件を求めて、とにかく焼き続けました。担当者は軽い小麦アレルギーになったほどです」(バルミューダ広報)
実験を重ねるうちに、バーベキュー大会で、おいしくパンが焼けたのは「水分」のおかげだと気が付く。こうして生まれたのが「BALMUDA The Toaster」だった。
「このトースターはネットなどでも『価格に見合う価値がある』と絶賛され、多くのユーザーが満足している。これだけ評判なら大手も進出してくるでしょう。ロボット掃除機も初めは海外から入ってきて、7万~8万円と高価だったにもかかわらず売れた。すると日本の大手も同じような商品を出しました。トースターの市場もこれから高級化時代が始まる可能性があります」(前出・鴻池氏)
そうした動きに対して、同社は自信を見せる。
「追随されることを懸念するより、もっと優れた製品を開発して、ユーザーに素晴らしい体験をしてもらうことに腐心しています」(広報)
※週刊ポスト2015年9月4日号