所さんは何故そんなことをしたのか、ふと桐の箱のふたの裏を見ると、「伝統は壊さなければ意味がない」と書いてあった。これを見た時は体中に電気が走りましたね。

 落語は伝統芸、積むことが大事だと考えていた。積んで、潰され、また積む、の繰り返し。そうして芸を磨くものだと思っていたんです。所さんはそういったことはお見通しで、

「真打に昇進したお前(正蔵)は、積むことはできている。あとは少し壊してもいいんじゃないか。そうすればもっと光り輝く」

 とおっしゃりたかったのかなと思うと、嬉しくて涙が出ましたね。

 所さんとは同じ床屋さんに通ってるんです。ただ、所さんの前ではいまだに私は直立不動。床屋でも所さんと顔を合わさないように予約して行くんですが、決まって所さんと鉢合わせする。きっと床屋さんもグルなんでしょうね(笑い)。

 所さんと父は似ているところがあります。父は古典落語を敬愛しつつ、お客さんを喜ばせたいという気持ちが強く、すごく真面目だった。所さんもお酒も飲まず真面目。それでいて色々なものを壊していく。

 私は守っていくことで精一杯。壊すところまでいかない。5代目柳家小さん師匠がよく使っていた「守破離」という言葉がありますが、守は真似し、破は真似から離れ、離は新しく独自の物を作るということ。その教えと所さんの生き方が重なるんです。

●はやしや・しょうぞう/東京都生まれ。1978年、父・三平に前座名・こぶ平として弟子入り。1987年真打昇進、2005年九代目「林家正蔵」を襲名。

※週刊ポスト2015年11月27日・12月4日号

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