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【書評】現代の東京のうしろに見え隠れする貧富の差の大きさ

【書評】『カラー版 地図と愉しむ東京歴史散歩 お屋敷のすべて篇』竹内正浩著/中公新書/1000円+税

【評者】川本三郎(評論家)

「お屋敷」という言葉は現在の東京ではもう死語だろう。土地代は高いし、相続税の問題もある。よほどの大金持ちでなければ、屋敷に住むのは難しい。それに対し、昔の東京にはお屋敷が数多くあった。豪邸が並ぶ「お屋敷町」があった。格差社会が当り前だったから、貧民街とお屋敷町が共存していた。

 著者は、古い地図を手がかりに明治から大正、昭和にかけて、東京にいかに豪華な屋敷が多かったかを辿ってゆく。皇居に近い高台の番町をはじめ駿河台、麻布、赤坂、青山などには庶民にはとても手の届かない宏壮な屋敷が並んだ。

 戦前には華族制度があり、屋敷の多くは爵位を持つ華族の私邸だった。さらに政治家、実業家(財閥)、軍人らが豪邸を競った。西洋の城のような鍋島邸(永田町)。ベランダのついた洋館、細川邸(目白台)。一万五千坪もあったという山県有朋邸(目白)。写真付きで次々に紹介される豪邸には目を見張る。同時にウサギ小屋に住む人間としては、昔の東京はいかに貧富の差が大きかったかと考えざるを得ない。

 戦後、華族制度が廃止されるとお屋敷は次第に消えてゆく。広大な屋敷は手離され、学校、ホテル、大使館などに変わる。旧制度の解体は、お屋敷の消滅になる。

 明治の元勲、山県有朋は本宅の他に、別宅、別荘を各所に構えたが、戦後の首相、福田赳夫は別荘を持たないと公言した。その後の橋本龍太郎はマンション住まいだった。もうお屋敷の時代ではない。

 山県有朋の屋敷は、ホテル椿山荘東京になった。また、中国大使館は後藤新平の屋敷があったところ。フランス大使館は尾張徳川家の屋敷だったところ。消えてしまったとはいえ、現代の東京のうしろに、かつてのお屋敷が見え隠れしている。

 著者は鉄道、地理に詳しく、これまでも資料を駆使した東京本の労作を書き続けている。本書も実に丹念な仕事。資料を読み込み、さらに現地をきちんと歩いている。

※週刊ポスト2015年12月18日号

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