◆歯形や傷痕から姿形を想像する
第一章は秀樹、第二章は香奈、ぼぎわんとの全面対決が待つ三章では秀樹に姉妹を紹介したオカルトライター〈野崎〉が話者を務め、夫婦の間ですら全く異なる物事の見え方も、相当怖い。
身勝手な理想を押しつけ、〈田原ファミリー代表取締役 イクメン会社員 田原秀樹〉と名刺まで作る夫は香奈にとって重荷でしかなく、〈お化けとか、レイとかは、だいたいがスキマに入ってくるんです〉と言って、夫婦の溝を埋めるよう勧めた真琴の助言は妻には響いても、秀樹には髪を〈ピンク〉に染めたフリーター紛いの霊媒師の妄言にしか聞こえないのだ。
「自称イクメンの夫って妻には相当気持ち悪いものかもしれない。彼は彼なりに家族を守ろうとしているけど、子供の写真をやたら友人に送ったり、SNSにアップするのも、案外楽しんでいるのは父親だけって気がする。もちろんこれは僕の下衆の勘繰りですよ。
今は家族や子供を持つ人も持たない人も持てない人もいて、じゃあ昔はどうだったのかとか、多少歴史も絡めた中で、とにかくぼぎわんをどう書くかに専念しました。まずは魔物と接触したらどんなケガをするとあり得ないかと考え、噛み傷が浮かび、歯型や傷痕からその姿形を想像してもらう書き方をしたのも、たぶん先人の影響だと思う。
最後の対決でも琴子や野崎の動きや反応で十分化け物は書けるし、絶対怖がってもらえると確信できたのも、自分が怖くて面白い話を読んできたおかげなんです」
裏を返せばホラーとは、作者と読者の想像力を介した信頼のエンタメともいえ、幾多の怖い話からその奥義を体得した驚異の新人は、だからどんな化け物や怖い話を書こうかと楽し気なのだろう。
【著者プロフィール】澤村伊智(さわむら・いち):1979年大阪府生まれ。出版関係の会社を退職後、「友人と定期的に小説を書く会」を始める。「2012年6月です。元々は小説教室に通う知人の作品を読むために集まったら、これが全然面白くない(笑い)。でも文句だけ言うのも嫌だし、結局自分でも中編を10 ほど書き、初めて挑戦した長編が応募作でした」。今年本作で第22回日本ホラー小説大賞を綾辻行人氏、貴志祐介氏、宮部みゆき氏の満場一致で受賞しデビュー。174cm、60kg、AB型。
(構成/橋本紀子)
●撮影/国府田利光
※週刊ポスト2015年12月18日号