国内

将棋界を騒然とさせた羽生善治「3連続上座奪取事件」を回顧

羽生善治四冠

 1000年以上の伝統を誇る将棋界には、様々なしきたりがある。対局の際、どちらが上座に着くかといった席次もその一つ。しかし1994年、将棋界の暗黙の掟をそしらぬ顔で破った男が現れた。それが不世出の天才棋士、羽生善治四冠である。当時、「将棋世界」編集長だった作家・大崎善生氏が“事件”を振り返る。

 * * *
 将棋は勝負事なのであるが、と同時に伝統文化の一面も持つ。そういう意味もあって将棋にはゲームとしてのルール以外に、様々なマナーがある。作法というべきなのかもしれない。

 対局者には上位者と下位者があって、上位者が床の間を背にして上座に座り、駒箱を開け、玉(ぎょく)と王のうちの王の駒を取る。記録係は上位者の歩を5枚とって宙に投げ振り駒をする。今は、上は竜王と名人からはじまって、すべての棋士に序列がつけられている。

 しかし、そこは人間と人間のこと。朝、日本将棋連盟の対局室を覗くと「どうぞ、どうぞ」と上座を譲り合う光景がよく見られる。たまたま序列は私が上だが実績もキャリアもすべて上の先輩であるあなたの上座に座るなんて滅相もありませんというわけだ。

 このタイプの棋士は朝一番に対局室に入り、いち早く下座について先輩が現れるのをじっと待つのである。そして恒例行事ともいえる「どうぞ、どうぞ先輩、そちらの席へ」がはじまるのである。

 今から約20年前。将棋界は異様な事態にちょっとした騒動となった。当時23歳にしてすでに4冠を手にしていた、羽生善治が名人戦挑戦者決定リーグでもあるA級順位戦に初参加し、いよいよ名人挑戦権をかけて残り2局となっていた。残す相手は中原誠前名人と谷川浩司王将。リーグ初参加の羽生は順位が9位。谷川は4位、中原は1位。しかも中原は永世名人有資格者でもある。

 対局室に早くに現れた羽生はほとんど直線的に何も躊躇(ためら)うこともなく床の間を背に着席した。そして瞑目(めいもく)し早くも戦闘態勢に入ろうとしていた。ややあって現れた中原は対局室に入るなり目を丸くした。

 自分が座るべき場所に若僧が座っている。このとき中原は46歳。羽生は確かに4冠王ではあるが、しかし先輩であり永世名人でもあり、順位も上であり、なにをしても中原が上座であることは明白。

 しかし中原は何も言わずに「フフッ」と笑って下座に着いたのだという。序列を破られてもなお動じない、感情も乱さない大名人の風格は流石である。将棋は羽生が勝つ。

 将棋界は騒然となった。将棋界を席巻しつつある若き4冠王とはいえ、これはあまりにも非礼ではないか。

関連記事

トピックス

長男・泰介君の誕生日祝い
妻と子供3人を失った警察官・大間圭介さん「『純烈』さんに憧れて…」始めたギター弾き語り「後悔のないように生きたい」考え始めた家族の三回忌【能登半島地震から2年】
NEWSポストセブン
古谷敏氏(左)と藤岡弘、氏による二大ヒーロー夢の初対談
【二大ヒーロー夢の初対談】60周年ウルトラマン&55周年仮面ライダー、古谷敏と藤岡弘、が明かす秘話 「それぞれの生みの親が僕たちへ語りかけてくれた言葉が、ここまで導いてくれた」
週刊ポスト
小林ひとみ
結婚したのは“事務所の社長”…元セクシー女優・小林ひとみ(62)が直面した“2児の子育て”と“実際の収入”「背に腹は代えられない」仕事と育児を両立した“怒涛の日々” 
NEWSポストセブン
松田聖子のものまねタレント・Seiko
《ステージ4の大腸がん公表》松田聖子のものまねタレント・Seikoが語った「“余命3か月”を過ぎた現在」…「子供がいたらどんなに良かっただろう」と語る“真意”
NEWSポストセブン
今年5月に芸能界を引退した西内まりや
《西内まりやの意外な現在…》芸能界引退に姉の裁判は「関係なかったのに」と惜しむ声 全SNS削除も、年内に目撃されていた「ファッションイベントでの姿」
NEWSポストセブン
(EPA=時事)
《2025の秋篠宮家・佳子さまは“ビジュ重視”》「クッキリ服」「寝顔騒動」…SNSの中心にいつづけた1年間 紀子さまが望む「彼女らしい生き方」とは
NEWSポストセブン
イギリス出身のお騒がせ女性インフルエンサーであるボニー・ブルー(AFP=時事)
《大胆オフショルの金髪美女が小瓶に唾液をたらり…》世界的お騒がせインフルエンサー(26)が来日する可能性は? ついに編み出した“遠隔ファンサ”の手法
NEWSポストセブン
日本各地に残る性器を祀る祭りを巡っている
《セクハラや研究能力の限界を感じたことも…》“性器崇拝” の“奇祭”を60回以上巡った女性研究者が「沼」に再び引きずり込まれるまで
NEWSポストセブン
初公判は9月9日に大阪地裁で開かれた
「全裸で浴槽の中にしゃがみ…」「拒否ったら鼻の骨を折ります」コスプレイヤー・佐藤沙希被告の被害男性が明かした“エグい暴行”「警察が『今しかないよ』と言ってくれて…」
NEWSポストセブン
国分太一の素顔を知る『ガチンコ!』で共演の武道家・大和龍門氏が激白(左/時事通信フォト)
「あなたは日テレに捨てられたんだよっ!」国分太一の素顔を知る『ガチンコ!』で共演の武道家・大和龍門氏が激白「今の状態で戻っても…」「スパッと見切りを」
NEWSポストセブン
初公判では、証拠取調べにおいて、弁護人はその大半の証拠の取調べに対し不同意としている
《交際相手の乳首と左薬指を切断》「切っても再生するから」「生活保護受けろ」コスプレイヤー・佐藤沙希被告の被害男性が語った“おぞましいほどの恐怖支配”と交際の実態
NEWSポストセブン
2009年8月6日に世田谷区の自宅で亡くなった大原麗子
《私は絶対にやらない》大原麗子さんが孤独な最期を迎えたベッドルーム「女優だから信念を曲げたくない」金銭苦のなかで断り続けた“意外な仕事” 
NEWSポストセブン