ライフ

【著者に訊け】初瀬礼氏 社会派サスペンス長編『シスト』

初瀬礼氏が長編サスペンスを語る

【著者に訊け】初瀬礼氏/『シスト』/新潮社/1800円+税

 この怒濤の展開に慄き、存分にしてやられてほしくて、ここに粗筋を紹介するのも気が引けるほどだ。

 初めは世界の紛争地帯を飛び回るビデオジャーナリスト、〈御堂万里菜〉の活躍を描く業界小説かと思った。それがチェチェンから帰国後、若年性認知症と診断された彼女の闘病譚へと転じ、かと思えばタジキスタンを起点に大規模感染の様相を見せる新型劇症出血性脳炎、〈ドゥシャンベ・ウイルス〉の脅威や、米国当局による作戦コード〈“Destruction(駆除)”〉、さらにロシア人で元KGB将校だった彼女の父親の過去まで絡んでくるのだから、先も見えなければ、息つく暇すらない!

 初瀬礼氏の社会派サスペンス長編『シスト』。欧文で〈Cyst〉とある表題からして門外漢には意味不明だが、猫を介して人体に棲みつく寄生虫〈トキソプラズマ〉の増殖がこのウイルスには関係し、その際の〈寄生胞〉をシストと呼ぶらしい。発端となる期日は〈二〇一×年十一月七日〉。つまり遅くとも3年後には、未曾有の危機が地球を襲う!?

 著者は報道畑に携わってきたテレビマン。前作『血讐』ではアルバニア情勢、初の単行本となる本作では中央アジア情勢やIS等の脅威も視野に入れたパンデミック禍を描き、風呂敷を広げるだけ広げておいて見事回収する大胆な作風は、海外ドラマや映画好きでもある氏が小説を書き始めた動機とも繋がる。

「ドラマで言えば『24』や『ホームランド』、翻訳小説やスパイ物も大好きですね。昔から海外を放浪したり、自分の知らない世界を知りたいというのが最大の欲求だった私は、もっと現実の国際情勢や社会問題を絡めたエンタメ作品が日本にもあっていいと思う。

 本書に東日本大震災以降、日本のテレビ界や視聴者の関心が内向きになっていると万里菜が嘆く場面がありますが、たぶん私は自分がこの手の壮大な話が純粋に好きだから、伏線の回収に四苦八苦しながらも大風呂敷を広げるんだと思います(笑い)」

 主人公が女性ジャーナリストという設定自体は特に珍しくない。しかしロシア人の父がある事件で日本を追われて以来公安にマークされ、母も早くに亡くしたこと、おかげで就職も阻まれた〈顔も頭もたいしたことがない〉〈Bカップ止まり〉の36歳であることは、万里菜の屈託をよく物語る。

「我々はロシア人と聞くとシャラポワみたいな美女をついイメージしがちですが、現地に行くと結構そうでない方もいらっしゃる(笑い)。私はコンプレックスの塊みたいな彼女にこそ逆境を跳ね返してほしかったし、元々完全無欠のヒロインには興味が持てないんです」

 発端は〈第三次チェチェン紛争〉。とある武装勢力に帯同中、ロシア軍と思しき猛攻にさらされた万里菜は、同行のCNNの女性までが殺され、その直後に〈キノコ雲〉を見たことなど、世界的スクープをものにした。

 だがフリーの人間が海外ネタだけでは生活できないのも事実で、翌週には東京中央テレビ(TCT)の依頼で認知症の姑の虐待情報があった佐渡に飛んだ。しかし虐待嫁の直撃取材に成功し、美形の後輩AD〈小島ナツキ〉共々、姑の排泄物で汚れた衣服を買い替えに行った時のこと。万里菜は直近の記憶が全て飛ぶ異変に襲われ、帰京後、若年性認知症と診断されるのだ。

 認知症にはアルツハイマー型とレビー小体型があり、彼女は前者。しかし頼れる家族もない万里菜は視聴率至上主義のプロデューサー〈三浦〉に自らの闘病追跡番組を提案するのだった。

「認知症に関しては自分が見聞きしたことをベースにしていて、若年性の場合は進行を遅らせる薬さえ合えば仕事を続ける方もいる。ただし特効薬はなく、治験の壁や厚労省の認可問題も含めて、万里菜を傍観者にはしたくなかったんです」

 彼女は認知症研究の権威〈長沼〉と接触する一方、タジキスタンで謎の感染症発生との一報を受け、三浦から現地入りを依頼される。実は彼と愛人関係にあり、万里菜の後釜を狙う小島が同行をねじこんだらしいが、モスクワに前泊した夜、小島の部屋を訪れた彼女は、目や耳から夥しい血を流す後輩の姿を目にするのだ。

関連記事

トピックス

永野芽郁のマネージャーが電撃退社していた
《坂口健太郎との熱愛過去》25歳の永野芽郁が男性の共演者を“お兄ちゃん”と呼んできたリアルな事情
NEWSポストセブン
ウクライナ出身の女性イリーナ・ザルツカさん(23)がナイフで切りつけられて亡くなった(Instagramより)
《監視カメラが捉えた残忍な犯行》「刺された後、手で顔を覆い倒れた」戦火から逃れたウクライナ女性(23)米・無差別刺殺事件、トランプ大統領は「死刑以外の選択肢はない」
NEWSポストセブン
国民に笑いを届け続けた稀代のコント師・志村けんさん(共同通信)
《恋人との密会や空き巣被害も》「売物件」となった志村けんさんの3億円豪邸…高級時計や指輪、トロフィーは無造作に置かれていたのに「金庫にあった大切なモノ」
NEWSポストセブン
国民に「リトル・マリウス」と呼ばれ親しまれてきたマリウス・ボルグ・ホイビー氏(NTB/共同通信イメージズ)
ノルウェー王室の人気者「リトル・マリウス」がレイプ4件を含む32件の罪で衝撃の起訴「壁に刺さったナイフ」「複数の女性の性的画像」
NEWSポストセブン
愛子さまが佳子さまから学ぶ“ファッション哲学”とは(時事通信フォト)
《淡いピンクがイメージカラー》「オシャレになった」「洗練されていく」と評判の愛子さま、佳子さまから学ぶ“ファッション哲学”
NEWSポストセブン
年下の新恋人ができたという女優の遠野なぎこ
《部屋のカーテンはそのまま》女優・遠野なぎこさん急死から2カ月、生前愛用していた携帯電話に連絡すると…「ポストに届き続ける郵便物」自宅マンションの現在
NEWSポストセブン
背中にびっしりとタトゥーが施された犬が中国で物議に(FB,REDより)
《犬の背中にびっしりと龍のタトゥー》中国で“タトゥー犬”が大炎上、飼い主は「麻酔なしで彫った」「こいつは痛みを感じないんだよ」と豪語
NEWSポストセブン
(インスタグラムより)
《“1日で100人と寝る”チャレンジで物議》イギリス人インフルエンサー女性(24)の両親が現地メディアで涙の激白「育て方を間違ったんじゃないか」
NEWSポストセブン
藤澤五月さん(時事通信フォト)
《五輪出場消滅したロコ・ソラーレの今後》藤澤五月は「次のことをゆっくり考える」ライフステージが変化…メンバーに突きつけられた4年後への高いハードル
NEWSポストセブン
石橋貴明、現在の様子
《白髪姿の石橋貴明》「元気で、笑っていてくれさえすれば…」沈黙する元妻・鈴木保奈美がSNSに記していた“家族への本心”と“背負う繋がり”
NEWSポストセブン
ドバイのアパートにて違法薬物所持の疑いで逮捕されたイギリス出身のミア・オブライエン容疑者(23)(寄付サイト『GoFundMe』より)
「性器に電気を流された」「監房に7人、レイプは日常茶飯事」ドバイ“地獄の刑務所”に収監されたイギリス人女性容疑者(23)の過酷な環境《アラビア語の裁判で終身刑》
NEWSポストセブン
Aさんの乳首や指を切断したなどとして逮捕、起訴された
「痛がるのを見るのが好き」恋人の指を切断した被告女性(23)の猟奇的素顔…検察が明かしたスマホ禁止、通帳没収の“心理的支配”
NEWSポストセブン