ではBの「先輩」とはいかなる人物なのか。Bは重い口を開く。
「ある組(※暴力団)を破門された地元の先輩ですね。破門といっても偽装破門だと言われています。暴力団員だと法律でできない仕事が多いですよね。だから、組が表立って出来ない仕事を、偽装破門された元組員がやってるんだなと思います」
Bは、ATMで引き出した約140万円をその日の昼過ぎには先輩に手渡し、そこから5万円の報酬を得た。金額だけをきくと、たいしたことがないと思うかもしれない。しかし、これが実働2~3時間程度で得られる報酬だとわかれば、そこまで割りの悪い仕事だとは思わないのではないか。
「出し子役」の後輩にBは、自身の報酬とは別途1~3万円の現金を支払った。Bの直属の後輩には3万円、Bの後輩が連れて来た数人の後輩には2万から1万円を用意し、別途先輩に請求する。この辺はいわば「言い値」になってしまうが、それでも先輩はしっかり、要求分を支払ってくれた。まさに「ビジネス」が成り立っているとも言える。
BはこれまでにATM不正引き出しだけでなくオレオレ詐欺や診療報酬詐欺、過去にはニセブランド品販売や違法風俗店で働く女性集めなど、多岐にわたる「ビジネス」を先輩から請け負っている。
この告白は若い男による「犯罪自慢」に思えるかもしれない。しかし、ふと顔を下げたとき自嘲気味に、自身への呪詛とも思える言葉が吐き出されたとき、Bがこの経歴を誇らしいとは思っていないことがわかった。
「でも所詮、使われている身。言われた事はやるっすよ。地元の関係とかあるし、先輩のいう事はやる。」
地縁で断れない先輩から組織的に「仕事」を頼まれる若者たち。彼らが暗躍する分野は広がる一方だ。オレオレ詐欺にボッタクリ居酒屋、診療報酬詐欺に、ATM不正引き出し。危険ドラッグの販売や、最近ブームの「水素水ビジネス」にも、参入している。
「カネさえ稼げれば良い」とする違法・脱法行為の最前線では、無知な若者たちが半ば「下請け」「孫請け」のコマとして使い捨てられ続けているのが現状だ。そして、悪人どうしのつぶし合いはよその世界の話だと言っていられなくなってきた。ボッタクリ居酒屋の被害者は街をゆく一般市民で、水素水ビジネスの対象も普通の人たちばかりだ。アウトローたちの世界に起きているゆがみは、私たちの日常の世界にも、その影響を及ぼしつつある。