◆犯人は武装警察だった
同筋が明かしたところでは、習近平が危機感を募らせているのは習近平夫人の彭麗媛にまで批判が及び、暗殺未遂事件まで起こったことが原因だという。
4月上旬、広東省在住のジャーナリストが習近平夫人である彭麗媛を中国史上唯一の女帝で、稀代の悪女とされる7世紀の則天武后になぞらえる文章をネット上で発表。当局はすぐに削除するとともに、「デマを流した」などとして、このジャーナリストを逮捕した。
さらに、真偽のほどは不明だが、彭麗媛の専用車に爆発物が仕掛けられたものの、党中央の要人警護のシークレットサービス「党中央警衛局」要員に見破られ、犯人は逮捕された。犯人は何と武装警察部隊の隊員数人だった。習近平による30万人の兵員削減で、軍から武警に配転になったことを恨んだ犯行とされる。
ここに至って、習近平は羊の群れを狙うオオカミのように、権力者としての牙をむき出しにする。4月下旬から5月初旬にかけ、習近平の党の重要会議での演説全文が公表され、「党内部の敵」の撲滅を宣言したのである。
まず、4月末に、昨年12月に行われた党の高級幹部養成機関である党中央党校での重要講話が党機関誌「求是」に掲載された。
習近平は演説で「国内外の各種敵対勢力が我が党の旗幟を変えようとしている。我々のマルクス主義信仰を踏みつぶそうと企んでいるのだ」としたうえで、「地方の共産党員は党中央の指示に忠実であらねばならない」と党への忠誠を誓うよう檄を飛ばした。
さらに、5月初旬には、今年1月の党中央規律検査委員会の全体会議で行った演説内容が公表された。
習近平は「党内には野心家や陰謀家が存在し、内部から党の執政基盤をむしばんでおり、見逃すことはできない。政治規律を第一にしてリスクを取り除き、災いを防がなければならない」と危機感をあらわにした。
「野心家、陰謀家」という強烈な表現が党の重要な大会で使われるのは1981年6月の第11期党中央委員会第6回総会以来、35年ぶり。この総会では文化大革命(1966~1976年)を批判した「建国以来の党の若干の歴史問題に関する決議」が発表され、文革を主導し、中国全土を大きな混乱に陥れた江青女史ら四人組や林彪集団を糾弾した。このため、習氏はいまも中国で文革に匹敵するような非常事態が起こっていると警告しているようだ。
●そうま・まさる/1956年生まれ。東京外国語大学中国語学科卒業。産経新聞外信部記者、香港支局長、米ハーバード大学でニーマン特別ジャーナリズム研究員等を経て、2010年に退社し、フリーに。『中国共産党に消された人々』、「茅沢勤」のペンネームで『習近平の正体』(いずれも小学館)など著書多数。近著に『習近平の「反日」作戦』(小学館)。
※SAPIO2016年7月号