ライフ

【書評】今の論客の不備を補う山本七平の史観と視野の広さ

【書評】『戦争責任は何処に誰にあるか 昭和天皇・憲法・軍部』/山本七平・著/さくら舎/1600円+税

【評者】平山周吉(雑文家)
 NHKのニュース速報という尋常ならざる形で始まった一連の天皇「生前退位」報道は、高齢の陛下への同情が一気に高まって、国民の“合意”があっという間に形成された。「畏(かしこ)きあたりより洩れ承った」という主語不明の戦前のフレーズが、民主的に再登場した光景だった。

 この翼賛的事態を山本七平が生きていたら、どう見るだろうか。二十五年前に死んだ評論家の剛速球の「異見」を聞いてみたいと私は思った。山本七平こそ、日本の社会が「空気」によって支配されているオカシさを発見した戦中派の思想家だったのだから。

 その渇をいやす本がまさに新刊として出ていた。「戦争責任論と憲法論は表裏にある!」「知の巨人が『天皇と憲法』に迫る!」と帯のコピーに謳った本書『戦争責任は何処に誰にあるか』である。

「山本七平先生を囲む会」という愛読者の集まりが編集に関わり、山本七平の生前未刊行の論考をまとめる「さくら舎」のシリーズ八冊目である。多作だった著者にまだこれだけ面白い論考が残されていることにも驚くが、編集に工夫をこらし、現在の状況への発言としても有効、有益である。

「生前退位」についての言及があるわけではないが(そんな言葉そのものが山本存命時には存在していない)、さかのぼっては鎌倉時代からの日本人の法意識を解剖し、明治以降の大日本国憲法の下で、「署名機械」だった大正天皇、「憲法絶対」にこだわった「立憲君主」昭和天皇の姿を描出する。

 天皇を「象徴」と最初に定義した津田左右吉、戦前の日本で人々がもっとも興奮して政治を論じ合ったのが昭和十二年一月の「宇垣内閣の流産」だったという思い出、昭和十年代は陸軍大臣が実質的には宰相だったことなど、山本七平の捉われない史観と視野の広さが、今の論客たちの近視眼から生じる不備を補ってくれる。

 これだけ明晰な山本七平にして、筆を「自粛」したと思わせる箇所が、実は少しある。天皇の存在の大きさが、ふと頭をよぎる。

※週刊ポスト2016年10月7日号

関連記事

トピックス

《悠仁さまとの差》宮内庁ホームページ“愛子内親王殿下のご活動”の項目開設に「なぜこんなに遅れたのか」の疑問 皇室記者は「当主の意向が反映されるとされます」
《悠仁さまとの差》宮内庁ホームページ“愛子内親王殿下のご活動”の項目開設に「なぜこんなに遅れたのか」の疑問 皇室記者は「当主の意向が反映されるとされます」
週刊ポスト
優勝パレードでは終始寄り添っていた真美子夫人と大谷翔平選手(キルステン・ワトソンさんのInstagramより)
《大谷翔平がWBC出場表明》真美子さん、佐々木朗希の妻にアドバイスか「東京ラウンドのタイミングで顔出ししてみたら?」 日本での“奥様会デビュー”計画
女性セブン
パーキンソン病であることを公表した美川憲一
《美川憲一が車イスから自ら降り立ち…》12月の復帰ステージは完売、「洞不全症候群」「パーキンソン病」で活動休止中も復帰コンサートに懸ける“特別な想い”【ファンは復帰を待望】 
NEWSポストセブン
維新はどう対応するのか(左から藤田文武・日本維新の会共同代表、吉村洋文・大阪府知事/時事通信フォト)
《政治責任の行方は》維新の遠藤敬・首相補佐官に秘書給与800万円還流疑惑 遠藤事務所は「適正に対応している」とするも維新は「自発的でないなら問題と言える」の見解
週刊ポスト
「交際関係とコーチ契約を解消する」と発表した都玲華(Getty Images)
女子ゴルフ・都玲華、30歳差コーチとの“禁断愛”に両親は複雑な思いか “さくらパパ”横峯良郎氏は「痛いほどわかる」「娘がこんなことになったらと考えると…」
週刊ポスト
遠藤敬・維新国対委員長に公金還流疑惑(時事通信フォト)
《自維連立のキーマンに重大疑惑》維新国対委員長の遠藤敬・首相補佐官に秘書給与800万円還流疑惑 元秘書の証言「振り込まれた給料の中から寄付する形だった」「いま考えるとどこかおかしい」
週刊ポスト
話題を呼んだ「金ピカ辰己」(時事通信フォト)
《オファーが来ない…楽天・辰己涼介の厳しいFA戦線》他球団が二の足を踏む「球場外の立ち振る舞い」「海外志向」 YouTuber妻は献身サポート
NEWSポストセブン
海外セレブも愛用するアスレジャースタイル(ケンダル・ジェンナーのInstagramより)
「誰もが持っているものだから恥ずかしいとか思いません」日本の学生にも普及する“カタチが丸わかり”なアスレジャー オフィスでは? マナー講師が注意喚起「職種やTPOに合わせて」
NEWSポストセブン
山上徹也被告(共同通信社)
「旧統一教会から返金され30歳から毎月13万円を受け取り」「SNSの『お金配ります』投稿に応募…」山上徹也被告の“経済状況のリアル”【安倍元首相・銃撃事件公判】
NEWSポストセブン
イギリス出身のインフルエンサー、ボニー・ブルー(Instagramより)
《バリ島でへそ出しトップスで若者と密着》お騒がせ金髪美女インフルエンサー(26)が現地警察に拘束されていた【海外メディアが一斉に報じる】
NEWSポストセブン
大谷が語った「遠征に行きたくない」の真意とは
《真美子さんとのリラックス空間》大谷翔平が「遠征に行きたくない」と語る“自宅の心地よさ”…外食はほとんどせず、自宅で節目に味わっていた「和の味覚」
NEWSポストセブン
神奈川県藤沢市宮原地区にモスクが建設されることが判明した(左の写真はサンプルです/右は時事通信フォト)
「建設予定地には豚のフン由来の肥料が…」イスラム教モスク建設への反対派陳情を藤沢市議会がすべて「不了承」《激しい論争の影には地元の冷静な声も》
NEWSポストセブン