ライフ

【書評】阿川弘之氏は短気と暴言だけの人ではなかった

【書評】『強父論』/阿川佐和子・著/文藝春秋/1300円+税

【評者】関川夏央(作家)

「養われているかぎり子供に人権はないと思え。文句があるなら出ていけ。のたれ死のうが女郎屋に行こうが、俺の知ったこっちゃない」

 こういう言葉を著者は父親から何度も投げつけられた。それも「歴史的仮名遣い」の感じで。

 父親は作家の阿川弘之、『山本五十六』などの評伝でも知られる元海軍将校あがりの海軍好きだが、家庭内でのあまりの「横暴」ぶりに、「お父ちゃん、本当は陸軍だったんじゃないかしら」と娘と母は台所で囁きあった。

 娘が台所にいれば、「食いしん坊」の父親の機嫌は悪くない。怒声も激減する。料理上手になったのは台所を「シェルター」がわりにしたためか。仕事中の父親はいつもピリピリしている。妻と四人の子供たちは「コソコソお手洗いへ行き、コソコソ電話をし、コソコソ生きてきたのである」。

 その一方で、「本当にお優しかった」「いつもニコニコしてらして……」と家族以外の阿川先生の評判はすこぶるよい。「外ヅラ」をよくしようと頑張りすぎた分、家で癇癪を爆発させたのだろうが、こういう環境にあってグレなかった著者はエラい。

 吉行淳之介さんが「瞬間湯沸かし器」と形容したことは承知していた。しかし先生の師の評伝『志賀直哉』で勉強し、『南蛮阿房列車』『空旅・船旅・汽車の旅』『きかんしゃ やえもん』などのユーモアと抒情を好む私は、どちらかといえば「穏やかな先生」派だったのだが、ここまでわがままな人だったとは。持ち前の性格に加え、古いタイプの「文士」だからなのだろう。

 著者が持参したローストビーフ三枚を食べた翌日、阿川弘之先生は亡くなられた。二〇一五年八月三日、九十四歳七ヵ月であった。「大正」という時代は先生とともに彼方へ去ったが、『強父論』という一冊の本と阿川佐和子というすぐれた作家が私たちに残された。やはり短気と暴言だけの人ではなかった。

※週刊ポスト2016年10月14・21日号

関連記事

トピックス

真美子さんの帰国予定は(時事通信フォト)
《年末か来春か…大谷翔平の帰国タイミング予測》真美子さんを日本で待つ「大切な存在」、WBCで久々の帰省の可能性も 
NEWSポストセブン
シェントーン寺院を訪問された天皇皇后両陛下の長女・愛子さま(2025年11月21日、撮影/横田紋子)
《ラオスご訪問で“お似合い”と絶賛の声》「すてきで何回もみちゃう」愛子さま、メンズライクなパンツスーツから一転 “定番色”ピンクの民族衣装をお召しに
NEWSポストセブン
”クマ研究の権威”である坪田敏男教授がインタビューに答えた
ことし“冬眠しないクマ”は増えるのか? 熊研究の権威・坪田敏男教授が語る“リアルなクマ分析”「エサが足りずイライラ状態になっている」
NEWSポストセブン
“ポケットイン”で話題になった劉勁松アジア局長(時事通信フォト)
“両手ポケットイン”中国外交官が「ニコニコ笑顔」で「握手のため自ら手を差し伸べた」“意外な相手”とは【日中局長会議の動画がアジアで波紋】
NEWSポストセブン
11月10日、金屏風の前で婚約会見を行った歌舞伎俳優の中村橋之助と元乃木坂46で女優の能條愛未
《中村橋之助&能條愛未が歌舞伎界で12年9か月ぶりの金屏風会見》三田寛子、藤原紀香、前田愛…一家を支える完璧で最強な“梨園の妻”たち
女性セブン
土曜プレミアムで放送される映画『テルマエ・ロマエ』
《一連の騒動の影響は?》フジテレビ特番枠『土曜プレミアム』に異変 かつての映画枠『ゴールデン洋画劇場』に回帰か、それとも苦渋の選択か 
NEWSポストセブン
インドネシア人のレインハルト・シナガ受刑者(グレーター・マンチェスター警察HPより)
「2年間で136人の被害者」「犯行中の映像が3TB押収」イギリス史上最悪の“レイプ犯”、 地獄の刑務所生活で暴力に遭い「本国送還」求める【殺人以外で異例の“終身刑”】
NEWSポストセブン
“マエケン”こと前田健太投手(Instagramより)
“関東球団は諦めた”去就が注目される前田健太投手が“心変わり”か…元女子アナ妻との「家族愛」と「活躍の機会」の狭間で
NEWSポストセブン
ラオスを公式訪問されている天皇皇后両陛下の長女・愛子さまラオス訪問(2025年11月18日、撮影/横田紋子)
《何もかもが美しく素晴らしい》愛子さま、ラオスでの晩餐会で魅せた着物姿に上がる絶賛の声 「菊」「橘」など縁起の良い柄で示された“親善”のお気持ち
NEWSポストセブン
大谷翔平(時事通信フォト)
オフ突入の大谷翔平、怒涛の分刻みCM撮影ラッシュ 持ち時間は1社4時間から2時間に短縮でもスポンサーを感激させる強いこだわり 年末年始は“極秘帰国計画”か 
女性セブン
65歳ストーカー女性からの被害状況を明かした中村敬斗(時事通信フォト)
《恐怖の粘着メッセージ》中村敬斗選手(25)へのつきまといで65歳の女が逮捕 容疑者がインスタ投稿していた「愛の言葉」 SNS時代の深刻なストーカー被害
NEWSポストセブン
俳優の水上恒司が年上女性と真剣交際していることがわかった
「はい!お付き合いしています」水上恒司(26)が“秒速回答、背景にあった恋愛哲学「ごまかすのは相手に失礼」
NEWSポストセブン