──というと?
「当時は学歴偏重時代で、福田は一高・東大出の高級官僚出身。誰もが福田になると疑わなかった。ところが田中が奇跡を起こした。なぜかといえばカネの力。日本列島改造政策にせよ、学歴偏重を破壊したという意味でも、功は大きいけれど、罪も大きい。ものすごい放射能を出しながらコンピューター付きブルドーザーで何もかもブチ壊した」
確かにそうだな、と私も思う。と同時に、だからこそ桁外れの政治家に対する郷愁が田中ブームにつながっているのではないか、とも思う。
YKKとは、そうした個性が政界に残存していた最後の華だったのかもしれない。信条の違いを認めつつ、必要に応じて行動をともにし、互いを切磋琢磨できた時代。
首相を務め、政界引退した小泉はいま、「脱原発」を訴えている。山崎は言う。
「原発即廃止、いいじゃないですか。大胆極まりない提案で、郵政民営化なんかより後世に名を残す」
一方の加藤とは約2年前、天ぷらそばを食べたのが最後の邂逅だった。間もなく加藤は病に倒れ、面会すら叶わなくなったのだが、天ぷらそばをすすりながら、山崎は加藤に初めて問いただしたことがあったという。
「長年、そんな話は一度もしたことがなかったけど、きちんと聞いてみようと思ってね。『君は9条改正に反対か』って」
山崎によれば、「うん」と加藤は言った。「一言一句もか」と確認すると「そうだ。9条が日本の平和を守ってるんだ」とも。山崎が振り返る。
「内心では僕の意見に同調していると思ったが、そうじゃなかった」
──加藤さんが本気でそう思っていたなら、安保法制にも異議を唱えたかったでしょうね。
「言いたかったでしょう。それに安保法制は同じ意見になったと思う」
──というと?
「集団的自衛権の行使論議は、現役の時、僕が全部潰してきたんだ。加藤が健在であれば、一緒に力を発揮できたと思うんだがね……」
生粋のハト派と、「不戦」を体に刻み込んだタカ派が共通して守ろうとした一線はすでに飛び越えられた。確かに時代は、大きく変わってしまったのである。
※SAPIO2016年11月号