前者の「ひよこボタン」(画面上の表記は「ひよこぼたん」)は、これ以上はないシンプルな作り。ひよこマークのボタンを押すと、「ピョピョッピョ」というけっこうリアルな鳴き声が2秒ほど流れます。後者の「子育てママを~」は「短いピヨ」と「癒しピヨ」のふたつのボタンがあって、音を選べる仕組み。「短いピヨ」はわりと高い音で「ピー、ピー」という鳴き声が流れ、「癒しピヨ」は小さい子どもの声で「ピヨォ~ピヨォ~」と言っています。こちらには何度押したかをカウントする機能も。両方ともダウンロードしておいて、好みや状況に応じて使い分けましょう。
さて、ひょうたんから駒、テレビからアプリで、いのっちのアイディアは現実のものとなりました。残る問題は使う側の勇気です。実際に電車などで赤ちゃんが泣き出したときに、とっさにこのアプリを立ち上げて、ボタンを押すことができるでしょうか。まさに大人の正念場。ドキドキしてスマホを落としたりしたらさらに緊迫した雰囲気になりかねないし、チラチラと親子のほうを見てしまったりしたら余計に居たたまれない気持ちにさせてしまいます。あらかじめ、さりげなく押す練習を十分に重ねておきましょう。
とはいえ、まだそれほど「ひよこボタン」の存在や意味が広まっていない今の段階では、ただヘンな音を出している迷惑な人と見られかねません。それはそれで、まわりの乗客の視線や関心をこちらに向けて、泣いている赤ちゃんの親の気持ちをほんの少し軽くしてあげることができる……かも。何より、まずは誰かが使わないと広がっていきません。今使えば、たとえ空振りに終わっても、社会の踏み台になれた喜びは感じられます。
乗り物の中だけでなく、オフィスで「ひよこボタン」を使ってみるのも一興。同じ課の同僚がミスをして上司に叱られたときに、そっとボタンを押せば、「ドンマイ、ドンマイ」「ミスは誰にだってあるさ」というメッセージを伝えられます。居酒屋でいかにも不慣れなバイト君がオーダーを間違えたときも、このボタンで応援と慰めの気持ちを伝えましょう。ま、ガヤガヤした居酒屋で押しても聞こえない可能性が高いので、その場合は「気にしなくていいよ」と言葉をかけてあげたほうがいいですね。
本来は、こういうアプリに頼らなくても、気軽に声をかけあえる社会になるのが理想です。恐縮している相手にここぞとばかりにムッとしたり舌打ちしたりするのではなく、ニッコリ笑って「気にしてませんよ」「大丈夫ですよ」と言えるのが、大人の度量でありやさしさであり身に着けておきたい技量に他なりません。ひとりでいるときに「ひよこボタン」を押して、忘れかけている心の余裕を取り戻しつつ、ひよこではなく立派なニワトリになろうという決意を新たにしましょう。それはそれで有効な活用法という気がします。