空海は「五大」(客観)に識大(主観)を加えた「六大」を即身成仏の実体としました。その姿は塔婆(墓に建てられる仏陀を象徴する板)に表わされています。塔婆の表が五大で裏が識大です。識大は五大と常にヨーガし(結びつい)ています。前回紹介した即身成仏の譬喩「重々帝網」では、宮沢賢治さんが帝網の上で鳴り響く天鼓を描写していました。西明寺では毎年正月に益子権現太鼓衆によって和太鼓「六大響」の演奏があります(YouTube『西明寺六大響』参照)。

「十界具言語」は、仏陀の世界から地獄までの10の世界にそれぞれ言語があり、仏陀の世界の言語は戯論(苦しみの緩和に導かない論議)の無い真言で、苦を抜き楽を与える言葉だと空海は説明します。

「六塵悉文字」は、環境そのものが文字であるという近代言語学につながる言語解釈です。

「法身是実相」は、仏陀が説いた真実こそが知恵を示す声字(言語)の実体であるという意味です。

 仏教は、お釈迦様の時代から、信仰とは異なる宗教です。「信」と訳される梵語は4つありますが、神を信仰する意味のヒンドゥー教で使われるバクティ(信仰)は仏教経典には出てきません。

 仏教で使われる「信」はアディムクティ(信解)、シュラッダー(信頼)、プラサーダ(浄信)で、要約すれば信心とは「自己執着を捨てる」という教義を理解することです。自己執着を捨てる仏教は、仏教自身に執着しません。それで、あらゆる価値観を尊重する曼荼羅の宗教へと展開し、日本人の価値観(宗教)となりました。特定の信仰を主張して争うことがない曼荼羅の宗教こそが日本の文化なのです。

●たなか・まさひろ/1946年、栃木県益子町の西明寺に生まれる。東京慈恵医科大学卒業後、国立がんセンターで研究所室長・病院内科医として勤務。 1990年に西明寺境内に入院・緩和ケアも行なう普門院診療所を建設、内科医、僧侶として患者と向き合う。2014年10月に最も進んだステージのすい臓 がんが発見され、余命数か月と自覚している。

※週刊ポスト2016年11月4日号

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