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【書評】熊本で創刊された地方文芸誌の執筆者が見つめた虚無

【書評】『アルテリ 二号』/責任編集・田尻久子/アルテリ編集室/1000円+税

【評者】与那原恵(ノンフィクションライター)

 熊本県の阿蘇中岳が噴火したというニュースには胸がつぶれる思いがした。私は九月下旬に熊本に行き、四月に起きた「熊本地震」により崩れた家屋を目のあたりにしたばかりだったからだ。

 この熊本行きは、作家の石牟礼道子さんと渡辺京二さんを撮影する写真家に同行したのだ。石牟礼さんの『苦海浄土』は何度も読み返したし、渡辺さんの多数の著作も、日本の「近代」とは何かを考えるためにも再読してきた。

『苦海浄土』の原型は、渡辺さんが編集していた雑誌「熊本風土記」に一九六五年から翌年にかけて連載され、日本近代文学史上、類を見ない豊かな「語り」の世界が展開されていった。渡辺さんの発案で二〇一六年二月に創刊されたのが文芸誌「アルテリ」である。

 タイトルは「職人の自主的な共同組織」を意味するという。石牟礼さん、渡辺さん、詩人の伊藤比呂美さん、雑誌の責任編集者で橙書店を営む田尻久子さん、出色の「石牟礼道子の歌」を連載する浪床敬子さんなど、熊本を中心とする書き手たちが執筆している。浪床さんの文章で、私は夭折の歌人・志賀狂太を知り、彼の人生に心が揺さぶられた。

 熊本地震後の八月、二号が刊行された。渡辺さんは随筆「虚無と向きあう」でこう書く。

〈災害による理不尽な死に納得できないというのは、人間が生きる世界には虚無の穴があいているということだ〉〈虚無は人間が創造したものだ。人間が存在するゆえに虚無が存在する。虚無を見る心がなければ人間も存在しない。だとすれば、自分が創り出しつつも絶対に納得しえぬ虚無と、永遠に対決するのが人間ではないか〉。

 この言葉を、石牟礼さんたちにお目にかかったあと向かった水俣で反芻した。虚無と「対決」しうるのは「言葉」なのだ。

 また、小野由起子さんが静かな筆致で描く、三井三池鉱業所で図面を清書する仕事をしながら〈みずみずしい色彩にあふれた心象風景を描き続けた日曜画家〉江上茂雄の評伝もすばらしい。

※週刊ポスト2016年11月11日号

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