広見氏はフレンチの老舗『マキシム・ド・パリ銀座』で給仕長を務めていた経歴を持つ。1997年に日本初のガイド本『葉巻の世界』を著した後、葉巻の輸入商社を経て独立。2008年より葉巻の輸入販売を手掛ける傍ら、シガーバーで接客も行う。
店内で一際目立つのは、ワインセラーにも似たガラス張りの“葉巻保管室”だ。
「葉巻は純粋な農産物なので、ベストな品質で吸うためには温度20℃、湿度70%を保たなければなりません」(広見氏)
湿度の低い冬場に潤いを感じる保管室では、ニカラグア産の有名ブランド『パドロン』をメインに、常時120種類以上の葉巻が揃う。ヒュミドールと呼ばれる木製の保湿箱にきれいに並べられた葉巻は、それだけで立派なインテリアになり、手に取って消費するのが惜しいほど。
葉巻初心者の記者が選んだのは、キューバ産の『パルタガス/セリーD NO.4』という銘柄。広見氏が記したガイドブックには〈ボリュームのある煙、複雑でスパイシーなアロマを楽しめる逸品〉とある。価格は2200円と少々高めだが、1時間はゆっくり味わえるサイズだという。
次にこの葉巻に合いそうな酒を探す。
「葉巻も、それに合わせるお酒も、この組み合わせがベストという決まりはありません。葉巻と産地が同じラムや甘いカクテルなどを選ぶのがスタンダードとはいえますが、ビールを飲んでもいいですし、蒸し暑いときは冷えたワインを飲みながらでも構いません」(同前)
記者は独特の甘みのあるポートワインをオーダー。さて、いよいよ葉巻を味わう時がきた──。広見氏が専用のシガーカッターで葉巻の頭部分をきれいにカットし、ガスライターを使ってじっくりと点火。
まずは一服。口の中に煙を充満させると、濃厚な苦味の中にもほんのり甘みを感じる。そして、少しずつ煙を吐き出していくと、葉巻独特の香りが周囲に広がり、まるでコーヒーを飲んだときのような芳醇な後味が残る。
だが、最初はどうしても時間を持て余してしまう。そこで、ポートワインを一口飲んでみると、吸い急いだためにイガイガした口の中の感覚が、ワインの甘さで洗い流されていく。なるほど、これが葉巻と酒の“相性”か。
20分ほど葉巻とワインを楽しんでいると、徐々に吸う「間合い」も掴めてくる。そして、気分が落ち着くにつれ、自分の世界に入り込みたい衝動にかられてくるから不思議だ。広見氏がいう。
「葉巻は、電卓で計算するような細かな仕事の最中には向いていません。シガーバーに来る馴染み客も、何か大きなことを考え、瞑想にふけりたいという人が多いですね。葉巻の魅力は、わざわざ時間とお金をかけてでも贅沢な気分に浸れるところだと思います。
特に今はファストフードを食べながらネットを見たり、コストパフォーマンスの良いものばかりが持て囃される時代。でも、葉巻にハマる人は本物志向の趣味人が多いため、吸う煩わしさや手間はいとわない。もともと嗜好品って、ムダな部分にこそ文化的な要素や楽しみ方が詰まっているのです」