◆他者への想像力を本は育んでくれる
先述の「物知り」発言は本そのものを深く、静かに愛した祖父の言葉だったが、よくよく話してみればどの敵も本が好きで、守りたいからこそ、それを閉じ込めたり切り刻んだりしていた。そんな彼らを説得し、本を解放してゆく林太郎自身、秋葉たちに徐々に心を開き、特にトラの姿が見える柚木とは淡い恋が芽生えもする。
しかしそんな彼を最大の危機が襲う。そこには深く傷ついた本そのものの絶望が女の姿をしてたたずみ、〈人は本で身を飾り、お手軽に知識を詰め込んでは、読み捨てていく〉〈思いだけでは何も変わらないのよ〉と毒づく。だが林太郎は言う。〈あなたが忘れそうになっているなら、僕が声を大にして言います。人を思う心、それが本の力なんだと〉
「今は優しさが弱さと同等に扱われるばかりか、誰もが自分のことで手一杯で、医療現場も年々殺伐としてきている。トランプ現象も、あんな排他的なことを言う人を支持するなんて、社会全体が想像力を失くしたとしか思えません。
そうした他者への想像力を育んでくれるのが本だったはずで、知識を得ることなんて、本の魅力のほんの一部。しかも1冊読むのに何か月もかかったり、その時は理解できなかった本が後々財産になることは多く、むしろそれを考え続ける行為こそが、読書の面白さの本体だと僕は思います」
だからこそ林太郎には、優しさや〈本を愛している〉といった抽象論で、正論を突破させたかったという。