「例えばなぜ人を殺してはいけないか、答えられないと言う人に、僕は愕然とするんです。そんな問いは20代のうちに考えるべきで、イイ歳をして幼稚すぎます。
世の中、理屈で割り切れないことは当然ある。でも抽象的な理想論であっても、答える責任が大人にはあると思うんですね。そんなの論理的じゃないと人は言うでしょうが、倫理や道徳や音楽芸術にしろ、抽象的にならざるを得ない事柄にこそ、実は大事なことが潜んでいると僕は思うんです」
折しも松本では城下町の街並みを生かした町づくりと、大型商業施設の建設が進行中。文化を取るか効率を取るか、住民の意見すら揺れていた。その姿は、本は何のためにあるかを我が事として考え、正論の壁を突破しようとする林太郎や著者とも重なる。たとえ正解は出ずとも考え続け、何かを言い切る覚悟もまた、本との付き合いから学んだものの一つなのだろう。
●なつかわ・そうすけ:1978年大阪生まれ。信州大学医学部卒。2009年『神様のカルテ』で第十回小学館文庫小説賞を受賞しデビュー。同作は本屋大賞第2位に選ばれ、シリーズ累計300万部を突破。櫻井翔・宮崎あおい主演で2度映画化もされる。現在も長野県内の病院に勤務。「病棟を持って当直医もやると月1日休むのもやっと。患者さんの病気に休みはなく、医者の体なんて誰も考えてくれない」。168cm、58kg、「執筆中は53kgまで減りました」。A型。
■構成/橋本紀子 ■撮影/国府田利光
※週刊ポスト2017年2月17日号