「メーカー系など正社員が全体の9割超を占めるような企業は積極的に正社員化しようとはしない。対象者が少ない企業は契約社員が無期転換を申し出たら無期契約にせざるをえないが、処遇は従来と何も変わらない形にする企業が多い。
また、東京を除く関東圏の中小・零細企業は最低賃金の給与を払っている製造業がたくさんある。有期を雇用の調整弁だと思っている社長も多く、無期転換になったからといってちょっとでも賞与を上げるという発想はまずない。全体としては8割の企業が無期転換後も処遇や働き方は有期と変わらないのではないか」
たとえば日本郵政グループは約20万人の有期社員を抱えるが、半数の10万人が5年超を占める。同社は2018年4月を前に5年超の契約社員が2016年10月から無期転換の申込みができるようにした。その結果、今年4月には数万人単位の無期契約社員が誕生することになる。
しかし、処遇面では正社員と同様の病気休暇の拡大と休職制度の導入など以外は給与面ではこれまでと変わらない仕組みだ。
また2万人以上の契約社員を抱える某サービス業では現在、無期転換に伴う新制度の整備を急ピッチで進めている最中だ。同社の人事担当者は、
「すでに有期契約の更新が3~4年目を迎えている社員もおり、いまさら雇止めすることは法的にもリスクがある。また、数が多いので正社員化して給与を上げるのはコスト的にも難しい。今の契約社員については処遇を大きく変えることなく無期契約に転換していく方向だ」
と語る。法的リスクとは、すでに契約の更新を繰り返している人を雇止めするには合理的な理由が求められるという規定が法律にあるからだ。実際に労働政策研究・研修機構の調査では「通算5年を超えないよう運用」と回答した企業は6.0%にすぎない。
そうなるとこのまま推移すれば2018年4月以降は、処遇がそのままの「無期正社員」が大量に発生することになるかもしれない。これまで大きく有期契約社員と無期の正社員しか存在しなかったが、新たに無期正社員という雇用区分が自然発生的に誕生することになる。
だが、そのままではすまされないだろう。職場には有期契約社員とは別に無期正社員と正社員以外に職務・勤務地・時間限定正社員という処遇が異なる社員が混在することになる。しかも担当する仕事が完全に分離していればよいが、じつは似たような仕事をしている場合が多い。さらにその中に給与は高いが、仕事経験がまったくない新卒正社員が加わる。
社員の中から「あの人は私と同じ仕事をしているのにどうして給与が違うのか」という不満が発生し、職場が混乱する事態も発生するかもしれない。
それに拍車をかけるのが「同一労働同一賃金」原則の法制度化だ。政府は有期契約社員など非正規の処遇向上を目指し、正社員との間に不合理な処遇格差を禁じ、企業に格差を説明する義務を課す法律を2019年にも施行する予定だ。昨年末に政府が出したガイドライン案では有期にも賞与を支給することを求めている。
有期に賞与を支給するということは無期転換する人の処遇も同様に引き上げなくてはならなくなるが、企業の人件費コストは限られている。そうなれば社員ヒエラルキーの最上層に君臨している“正社員”の給与を下げざるをえなくなるかもしれない。
文■溝上憲文(人事ジャーナリスト)