こういう言葉のプロはどういう生活を送っているのか。校閲者とは違うが、かつて大辞典の編集責任者をしている偉い偉い大学の先生のお宅を訪問したことがある。決して大きくはない玄関の扉を開けたところから圧倒された。下駄箱の上、玄関に入ってすぐのところにもう本棚が置かれているのである。応接間につながる廊下の両側にも書棚の列。どの本にもたくさんの付箋紙が付けられていて、本に草が生えているようだ。付箋紙の使用量があまりに多いので、市販のものをハサミで縦に三等分して使うという。「その役目は私です」と奥さんが笑っていらっしゃった。「言葉の鬼」だ。
辞書編纂の話を伺っていて、「先生のお立場から見て、好きな小説家は誰ですか」と訊ねると、顔を少ししかめられた。
「最近の小説家は日本語の間違いが多くてね。気になってなかなか読めないんだよ」
なるほど。正しい日本語を求めるあまり、純粋に娯楽として文学を楽しめなくなったのだ。繊細な舌の持ち主がレトルト食品が食べられなくなるのと似ている。
「でも○○さんの小説は好きだねえ。彼女の本は安心して読んでいられる」
さてクイズです。「○○さん」とは誰でしょう。正解は次のページに。