「土俵際まで追い込まれながら『すくい投げ』で勝った初場所千秋楽の白鵬戦や、もろ差しを許しながら『突き落とし』で逆転した初場所中日の隠岐の海戦など、最後までもつれる相撲が増える。ガチンコ相撲だからそうなるわけです」(若手親方の一人)
その代償としてケガのリスクは増す。春場所で稀勢の里が左腕と胸を負傷したのもまた、ガチンコの証なのだ。かつては「ケガ以外で大関が負け越すことは異例」といわれた時代もあった。
1972年3月場所、カド番大関・前の山は5勝6敗で12日目の大関・琴櫻戦を迎えた。この一番では、立ち合いからほぼ無抵抗で琴櫻が土俵を割り、ファンから抗議が殺到。協会は「無気力相撲」として注意し、前の山は翌日から休場に追い込まれた。大関在位わずか10場所だった前の山だが、そのうち5場所連続で8勝7敗を記録し、「ハチナナ大関」と揶揄された。
「無気力相撲の指摘さえなければ、前の山はもっと大関で居続けられたでしょう。“大関互助会”と揶揄されることもあったくらいで、陥落するのは魁傑、三重ノ海ら、星の貸し借りをしないガチンコ力士ばかりだった」(ベテラン記者)
一方、今年初場所では琴奨菊がカド番で負け越し大関陥落。10勝すれば返り咲きできる春場所でも9勝6敗に終わった。