「ばぁば」こと、鈴木登紀子さんは日本料理研究家で、1924年生まれの92才だ。46才のときに料理研究家としてデビューし、テレビをはじめ雑誌などで広く活躍。料理番組『きょうの料理』(NHK Eテレ)への出演は40年を超え、今も料理教室を主宰している。最新刊、『ばぁば 92年目の隠し味 幸せを呼ぶ人生レシピ』(1400円+税、小社刊)も大好評だ。
そんなばぁばは、料理のマナーについてどう考えているのか。ある暑い夏の日、料理教室でのことだった。その日が初めての参加という1人の生徒さんが、テーブルにつくなり、バッグからペットボトルのお茶を取り出し、テーブルに置いた。すかさず、ばぁばの声が飛んだ。
「そのプラスチックは、この食卓にふさわしくありません。お茶はお食事後に、お茶碗でいただくのが作法です。いわんや、私のお教室では、食事中にボトルからお茶を直飲みせねば間に合わないようなお料理はお出ししておりません。お隠しくださいませ」
「すみません…」と、やや青ざめた表情になったその女性が、慌ててペットボトルをバッグに戻す様子を厳しい目で追うばぁば。シーンと静まり返った食卓、それを囲む全員が、思わず姿勢を正した。
「私は、陰口が嫌いなの。あとからグチグチ言うのもイヤ。それは違うと思ったら、その場で、はっきりと申し上げることにしています。不愉快に思うかたもいるでしょう。若いかただと、怒られ慣れていないからなおさら、ショックかもしれません。でも、間違いは間違い、正すべきことはきちんと言ってあげないと、その先恥をかくのはそのかただから。時には意地悪ばぁさんになることも大事。それが年寄りの役目でもあると思うのよ」
「それから、これは若いかたにぜひ覚えておいていただきたいのですが、日本のおそばは、すすって、シコシコとした歯ごたえと喉ごしのよさを楽しむものなのです。スパゲッティーではないのだから、お箸でチマチマたぐって食べるのはおやめください。また、長い髪は後ろで結んでね。片手で髪を押さえながらいただくなんて、暖簾ですか?と聞きたくなるわ」
行儀よくしたつもりでついやってしまいがちな“手皿”も、実は不作法だ。
「手のひらに余らなければ、器をのせてお召し上がりください。大皿料理でしたら、取り皿がついているはずですし、なければお茶碗や汁椀のふたを代用してもよいの。取り分けるお料理には、必ず取り箸を添えることをお忘れなく。たとえ家族の食卓でも、直箸は絶対におやめくださいね。それが基準になりますと、子供たちが将来、恥をかきます」
撮影/近藤篤
※女性セブン2017年6月1日号