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2017.05.28 16:00  NEWSポストセブン

元巨人「あの選手は今」まとめ by NEWSポストセブン

 日本のプロ野球界において“球界の盟主”と呼ばれるのが読売ジャイアンツ。特別な存在として、選手時代に常に注目され続けた“元巨人戦士”たちは、今どう過ごしているのか? 第2の人生を歩む往年の選手を訪ねた。(2017年5月28日更新)

◆国松彰は亀屋万年堂の会長


亀屋万年堂の会長を務める国松彰氏

■国松彰(1955年~1970年)

 選手、コーチ、フロントと巨人一筋で39年間を過ごした国松彰は、王貞治の「ナボナはお菓子のホームラン王です」というフレーズで有名な「亀屋万年堂」の会長を務めている。
「現役時代に創業者である女房の父から『王にCMを頼めないか』といわれ、依頼したら二つ返事で了承してくれた」
 
 国松は1995年に亀屋万年堂の副社長に就任し、2002年に社長、2011年からは会長に。1967年のCM開始当初、4億8000万円だった総売上高は、王引退の1980年に50億円と10倍以上に。親友である巨人の大スター起用は効果抜群だった。

2016.05.18

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親友・王貞治が号泣した日を述懐

 選手時代に合宿所で同部屋になったことで仲が深まり、1986年からはヘッドコーチとして王監督を支えた。2年後、優勝が絶望的になった9月、王に責任が及ばないように先に辞任を申し出た。
 1か月後、王と国松の慰労会を共通の友人たちが開いてくれた。その帰り、思いもよらぬ場面が訪れた。「王が『悔しい。もう1年勝負したかった』と突然男泣きをしたんです。5分くらい涙が止まらず、私ももらい泣きをしてしまった」

2016.05.18

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◆柳田真宏はスナックを経営


「マムシ」の愛称で親しまれた柳田真宏氏

■柳田真宏(1969年~79年・81年~82年)

「マムシ」の愛称で親しまれた柳田真宏は22歳の頃、打撃コーチの国松彰と取っ組み合いの大喧嘩をした。禁断ともいえる幹部批判。柳田は、川上哲治監督に事のあらましを伝え素直に謝罪した。


 クビを覚悟していた柳田を川上はたった一言で許した。国松が川上に報告していないことも悟った。「この人たちは信頼できる」と決意を新たにした柳田は代打の切り札としてV9の後期を支え、長嶋茂雄監督が「史上最強の5番打者」と評するまでに成長した。

2016.05.19

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スナック経営で巨人の名前の大きさ実感

 34歳で引退すると、大川栄策の『さざんかの宿』などを作曲した市川昭介の勧めで、歌手に転向。ラジオ日本主催の横浜音楽祭で新人賞を受賞。歌手活動の傍ら、38歳の時には六本木でクラブを始めた。
 現在は八王子に移りスナック『まむし36』を経営。店では今も美声を聞かせ、自ら料理も作る。東日本大震災以降は客脚が一気に減った。「そんな時、黒江透修さん(元巨人コーチ)がゴルフのコンペ終わりに大勢連れてきてくれたり、常連さんが助けてくれたりした。巨人の名前の大きさを実感してます」

2016.05.19

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◆簑田浩二はゴルフのレッスンプロ


ゴルフ三昧の生活を満喫する簑田浩二氏

■簑田浩二(1988年~1990年)

 阪急ブレーブスで活躍し、1988年から1990年まで巨人に在籍した簑田浩二。
 1989年、近鉄との日本シリーズで3連敗と崖っぷちに追い込まれた巨人は、第4戦に「1番・右翼」で簑田が先発出場。初回に二塁打で出塁し、先制のホームを踏む。ベテランの活躍で流れを取り戻した巨人は4連勝で奇跡の日本一を達成した。
 
 1990年のシーズン途中、現役引退しコーチに就任。30億円補強したものの優勝を逃した1995年、責任を取らされる形で退団した。

2016.05.17

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「計画通り」のゴルフ三昧の生活を満喫

 その後、テレビ東京とデイリースポーツの評論家を経て、53歳でゴルフのレッスンプロを目指す。現役時代はキャンプ中もゴルフに興じ、10数年前までは年120ラウンド、現在も年50ラウンドを回っている。
 東京・浅草橋で教えており、週に1回、『浅草橋ゴルフクラブ』でマンツーマン指導も。「50代になったら好きなゴルフをやりたかった。計画通りでした」

2016.05.17

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◆島本啓次郎は郵便局長


島本啓次郎氏は郵便局長に

■島本啓次郎(1978年~1981年)

 兄は甲子園優勝投手で、法政大学時代は1年から4番を打ち江川卓と同期だった島本啓次郎は、ケガに泣いた一人だ。
 新人時代、多摩川での合同自主トレ2日目に高校時代から脱臼癖のあった左肩を痛めてしまった。失望感を抱きながら一人で多摩川の土手を走り、腰を下ろすと、白のBMWが目の前を横切った。
 
「良い車に乗っているなあ」と一瞥すると窓が開いた。王だった。「慌てないでいいから、ちゃんとケガ治して頑張れよ」。気付くと、直立不動の状態で最敬礼をしていた。

2016.05.19

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「最高年俸300万でよかった」

 結局、肩の故障に悩まされ続け、近鉄移籍後の1983年に引退。和歌山の実家に帰って2か月後に父親が急死すると、何の知識もないまま急遽米店を継ぐことになった。現在はその土地を貸すことになった縁から、塩津郵便局の局長を務めている。
「何とか家族に飯を食わせないといけないと必死でした。巨人時代の最高年俸は300万円で裕福な思いをできなかったけど、第2の人生を考えると逆に良かったかもしれない」

2016.05.19

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◆藤岡寛生は寺の住職


元巨人ドラフト2位の藤岡寛生氏

■藤岡寛生(1985年~1992年)

 1984年のドラフト前、「巨人以外なら実家の寺を継ぐ」と宣言した藤岡寛生は、兵庫県神戸市の照願寺で僧侶を務めている。
「初めてお経を上げた時は脚の震えが止まりませんでした。一軍の初打席でもそうはならなかったのに」。
 
 3年目に二軍で打点王を獲得。時には合宿所の門限を破り、罰金30万円を取られたこともあったという藤岡。1995年の引退後はプロゴルファーを目指していたが、父親が倒れたのを機に仏教を学び、2002年に僧侶の資格を取得。2016年10月には父親の後を継ぎ、江戸時代から続く寺で7代目の住職に。

2016.05.20

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阪神ファンだった女子大生の霊を慰めた

 2005年には、JR福知山線の脱線事故で犠牲になった当時21歳の女子大生の霊を慰めた。熱烈な阪神ファンだった彼女はこの年の優勝を信じ、父親と胴上げの瞬間を観に行こうと約束していた矢先の悲劇だった。
 その話を聞いた藤岡は、巨人時代の同期で広報になっていた藤本健治に9月29日の甲子園のチケットを頼み、両親に渡した。彼女の遺影の前で、岡田彰布監督が宙に舞った。「ご遺族にとっては、それが良かったのか、より悲しみが増したのかわからないですけど……」

2016.05.20

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◆河原純一はサラリーマン


待望のサラリーマンになった河原純一氏

■河原純一(1995年~2005年)

 1995年の新人時代に3完封を含む8勝を挙げ、2002年には抑えのエースとして日本一に貢献した河原純一。
 西武、中日、独立リーグの愛媛と渡り歩き、2015年限りで引退した河原は、2016年「愛媛マンダリンパイレーツ」の運営を行なう広告会社「星企画」に入社。野球事業の計画書を作成したり、営業に出向いたりしている。
 
「小さい頃からプロ野球選手になりたいとは一度も思わず、会社員になりたかったんです。規則正しいリズムの生活に憧れていました。野球の世界はナイターもあればデーゲームもある。新幹線や飛行機での移動も本当に嫌でした。野球選手として致命的ですよね」

2016.05.22

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「巨人に行って良かった」

 逆指名で巨人に入団しても、河原が浮かれることはなかった。高級時計を身に付けることもなければ、外で派手に飲み歩くこともなく、30代になっても寮生活を続けた。
 入団1年目にスピード離婚問題で大きく騒がれた。当時、バッシングをどう受け止めていたのか。「それも含めて、巨人の選手ですよね。精神的に強くならないとやっていけない。そうして鍛えられたこともあり、やっぱり、僕は巨人に行って良かったと思っています」

2016.05.22

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◆辻内崇伸は女子野球の指導者


女子野球の指導者として奮闘する辻内崇伸氏

■辻内崇伸(2006年~2013年)

 辻内崇伸は2013年の引退後、女子プロ野球を支援する「わかさ生活」の正社員となり指導者の道を歩み始め、2016年からは「レイア」の投手コーチを務めている。
 
 2005年、夏の甲子園で当時の左腕最速となる156kmを記録。契約金1億円でドラフト1位指名された大型左腕だが、一軍登板のないまま戦力外通告を受けた。
「内心すごくホッとしました。ケガでほとんど野球をしてないのに、8年間もお金を貰っていて、本当に自己嫌悪に陥っていましたから」

2016.05.21

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「家事や育児をして妻にお駄賃ねだってます」

 巨人時代は一晩の飲食で最高40万円を使ったこともあったが、現在の小遣いは交通費込みで1か月3万円程度。午前中の練習後は家に戻って昼食を済ませ、電車とバスを乗り継いで会社に通う。現役時代の休日、頻繁に通ったパチンコもほとんどしていない。
「妻の家事や育児を手伝って、お駄賃をねだっています。1000円くれたらいい方。安いと500円。それじゃパチンコなんてできません(笑)」

2016.05.21

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※文中敬称略。名前の後の()は読売ジャイアンツ在籍年

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