◆あまりに悲壮な妻の声、そして地域からの孤立
和歌山市から車で30分。人口1万人に満たない山間の町で、大畠さんは妻と暮らしている。47才の長男は統合失調症を発症して34年になる。
かつて大手鉄鋼メーカーに勤めていた大畠さんは、妻と長男、長女の4人家族でつつましくも幸せに暮らしていた。幼少期の頃から長男は大の野球好き。体格にも恵まれて、リトルリーグではキャッチャーで4番。中学校でも野球部に所属し、日夜、練習に明け暮れていた。だが、2年生の夏に異変が起きた。
「急に体がしんどいと言い出しましてね。学校が大好きな子やったのに休みがちになって、野球の練習にも行かなくなりました」(大畠さん)
当時は長男に何が起きているかわからず、大畠さんは心配しながらも、「そのうち元に戻るだろう」と普段通りに仕事を続けていた。
「年明け、1か月の長期出張中に妻から電話がありました。息子の様子がおかしい、と。あまりに悲壮な声で、ただごとではない、と直感したのです」(大畠さん)
慌てて帰宅すると、1か月の間に妻は激やせしていた。長男は目にクマを作り、脈絡もなくゲラゲラと笑い出す。慌てて病院へ連れて行くと、非定型精神病と診断された。
「今でいう統合失調症ということでした。親がショックを受けないよう、そういう言い方をしたようです。大阪の病院では“生涯治りません”とはっきり言われて…。ショックのあまり、ただただ自分たちを責めました。何がいけなかったんやろか、と。妻は新興宗教に助けを求めた時期もあります」(大畠さん)
以後、長男は入退院を繰り返す生活になり、間もなく悪夢がやってきた。
「家庭内暴力が始まったんです。何かの拍子に突然激昂する。殴られて目がパンダのように腫れたり、あばら骨が2本折れたこともあります。会社には“家の角にぶつけた”とごまかしつづけました」(大畠さん)
大畠さん夫婦は、この異常な日常を前にしても、子供の病を周囲に隠し続けた。
「親戚にも言えませんでした。理解できないだろう、という諦めがあったんです。私たち自身が、なぜこんなことになったのかわからないんですから。そんな境遇がつらくて、妻はよく台所の片隅で泣いていました」(大畠さん)