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2017.08.24 07:00  週刊ポスト

村井國夫 同期の友人たちが、僕を奮い立たせてくれる

村井國夫が自らの若き頃を語る

 映画史・時代劇研究家の春日太一氏がつづった週刊ポスト連載『役者は言葉でできている』。今回は、俳優座養成所を卒業し、映画に出ながら自由劇場に所属した頃のこと、活躍の場をテレビへと移したのち、再び舞台に出るようになった経緯について、村井國夫が語った言葉を紹介する。

 * * *
 村井國夫は1966年に俳優座養成所を卒業した後、東映の映画に出る一方で、養成所の先輩・斎藤憐、佐藤信、串田和美の劇団・自由劇場に所属した。

「映画に出たての頃の演技は正直言って酷かったですね。舞台しかしたことがなかったので、芝居が大きいんですよ。何かを演じなきゃという気持ちが強かったんでしょう。でも、それは画面から外れる演技なんです。

 映画やテレビは、そこに存在すればいい。その頃の東映だと鶴田浩二さんに若山富三郎さんに佐久間良子さんがいましたが、皆さん本当にナチュラルな演技をなさっていて。ぼうっとしている間に時間が過ぎていました。

 最初、東映とは専属契約という話もありましたが、本数契約にしてもらいました。芝居をやりたかったですから。その頃は生意気で、映画より芝居だと思っていたんですね。自由劇場は、僕が養成所を卒業する前に作られたのですが、ぜひ一緒にやらせていただきたいと参加しました。借金して照明器具を買うような状況でしたが、僕は映画にも出ていましたから、そこで多少の金はもらえていました。

 当時はアンダーグラウンドが一つのブームでもあったんですね。狭い小屋でしたが、お客さんがたくさん観にいらして、一種のマグマみたいなものがありました。僕も、その中にいることに興奮を覚えました。21歳の若造でしたから、そのテンションの中で芝居することに酔っていたのかもしれません」

 1970年代から1980年代にかけては、テレビドラマや時代劇の悪役として活躍した。

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