怪物を封じ込めるように母を寝室に押し込んで泣いた。父の臨終に出なかった涙が、噴き出す感じだった。そんな年始のすぐ後、独居になった母に認知症の診断がくだり、様子見も兼ねて頻繁に旅行や外出に誘った。そして宿泊の後は決まって夜中に混乱状態になり、旅行を計画するのが怖くなった。
「あぁそれはね、認知症の人にはよくあることなの。環境が変わって気が張るから、脳も疲れるのでしょうね」と、相談したケアマネさんが種明かしをしてくれた。
「でも旅先では楽しく過ごしているでしょ? ぜひ続けた方がいいわよ」
◆それでも外に出れば心躍り笑顔がこぼれる
確かに、旅先の母は「山の稜線がきれいだ、雲の形がおもしろい」「田舎の食べ物は素朴でいい、旅先のお酒はおいしい」と饒舌だ。帰路の車中ではもうどこへ行ったか忘れてしまうけれど、写真の中の母はつねに会心の笑顔だ。
以来、母は好んで外出するようになった。ひとりで遠出はできないが、買い物や花見、落語などに誘えば大喜びするし、時には新聞広告で好きな画家の展覧会を見つけ、連れて行けと連絡してくることもある。認知症ながら生活意欲が衰えないのはお出かけの効用かもしれない。
「玄関を開けて外に出ると、頭の中が晴れてシャキッとするの。Nちゃんに迷惑かけないように、外へ出て認知症予防しなくっちゃ」と、母。
旅行後の夜中の襲撃は、半年後くらいには終息。母の脚力と好奇心が続く限り、お出かけを続けようと思う。
※女性セブン2017年10月19日号