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2018.03.02 07:00  SAPIO

古谷経衡氏 多摩川の岸辺で西部邁先生の死を思う

多摩川河川敷より武蔵小杉方面をのぞむ


 入水の後、西部先生を好意的に追悼する論評が現在でも続いている。その最期が自然死や病死では無く自死であることに、「西部邁らしい死に方であった」とか、三島以上の意味を見いだそうとする動きもある。「保守派の大論客の死」は多くの知識人や文化人に感傷と衝撃を与え、「西部邁の死の意味」は今後も長く問われ続けるだろう。前述のようにその辺境でしか交流を持たなかった私が、先生の死の意味を論じる資格は無い。

 が、社会通念上、故人を悼み生前の業績を称揚する風潮は当然のこととしても、なぜ皆もっと昔から、西部先生について語らなかったのか、西部先生の言葉に耳を傾けなかったのかと疑問に思う。

 西部先生は雑誌『表現者』の顧問として長年同誌に密に関与されたが、その商業的経営は極めて難路だったと聞く。実際に『表現者』の版元は二回も入れ替わった。

 TOKYO MXでは『表現者』と提携して毎週土曜日の朝『西部邁ゼミナール』を放送していた。先生が入水された後に、唐突に「西部、西部」と話題になったが、ネット空間では『西部邁ゼミナール』よりも、同じ局で夜に放送されている『ニュース女子』の話題に圧倒され、西部先生を全く顧みることは無かったばかりか、保守論客であることすら、よく知られていなかったのでは無いかと断じざるを得ない。先生が強烈な反米を志向していたことのみをどこかで聞きかじり、「西部は左翼」などと断定していた無知蒙昧の輩もいた。

 保守界隈の人々も、本当にここ最近の西部邁の本を購読し、雑誌を買っていたのか、大変疑わしい。要するに、「西部、西部」と言っておきながら、肝心の保守層は朝日新聞叩きに熱狂し、相も変わらず韓国と中国批判に執心し、沖縄の反基地運動家の策動に注視するばかりで、西部邁が何を言ってきた人で、また西部邁が現在何を言っているのかに、全然注意していなかった様に思える。

 よく言えば余りにも高尚すぎて「いつか読む」枠に入れていたか、悪く言えばその視界にすら入っていなかったのではないか。

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