私は、『ニュース女子』が駄目で『西部邁ゼミナール』が良い、といっているわけでは無い。そして朝日新聞を批判するなと言っているわけでも無い。いや寧ろ社会の公器による誤報は糾されてしかるべきであろう。中国の軍拡は脅威では無いという方がおかしい。
が、先生が入水されてから殊更「西部、西部」というのには違和感を感じる。本当に先生を賞賛するなら、生前からもっと西部邁の本や雑誌を買うべきでは無かったのか。出版不況や雑誌不況が言い訳になるとは到底思えない。書店で『表現者』が平積みでは無く、如何にもムックという扱いでその背表紙のみが陳列されていたのを観たとき、ふと虚しくなったのを覚えている。
そこには「西部邁」と名前が書かれていたのに、みな素通りしていった。「西部邁」はすでに何年も前から大衆の視界に無かった、というのは些か礼を失し過ぎだろうか。しかし、私以上に熱心な西部先生のファンは、より強い義憤の感情を持ってもおかしくはないはずであろう。
◆グッドバイ、グッドラック
西部先生が入水されたという多摩川河川敷を歩いた。正確なご遺体の発見場所は警察発表以上のものを知らないし、探るのも失礼だが、おそらくこの辺りであろう、という見当はついた。そこは東京の西の端、東横線多摩川駅近傍である。壮麗な丸子橋を渡河すると、そこにはすぐ川崎市中原区武蔵小杉の「近代的」タワーマンション群が、低層住宅を睥睨するように林立している。この景色を見ながら、西部先生は逝かれたのだ。
多摩川から北へすぐ行った二子玉川の開発が飽和状態となったことから、マンションデベロッパーが「第二のニコタマ」を目指して武蔵小杉のイメージ向上に躍起となり、瀟洒なカフェやスイーツ店をこれでもかとアピールし、ここに住む人たちを「ムサコマダム」などといって称揚し、即席セレブ気分を味わいたいが為に、不当につり上げられたコンクリートの塊を三十年ローンで嬉々として購入していく。この街に西部邁の読者は何人くらいいたのだろうか。ちなみに庵野秀明の映画『シン・ゴジラ』で、この街はゴジラによって徹底的に破壊されている。