しかし、正子さんの食欲はなく、1回の食事でそば、サンドイッチをひと口…がやっとだったと言う。
「エンシュアという高カロリーの栄養剤が処方されるのですが、ものすごく甘くておいしくないんです。そこで母の好きな『午後の紅茶』のミルクティーにエンシュアを混ぜて冷やすと、『おいしい!』と喜んで飲んでくれました。食べることが大好きな人でしたから、母自身が自分の衰えをどう受け止めているかと思うと、つらかったですね」
◆介護のプロとタッグを組み、要介護4の両親に向き合う
この時点で80代の両親はともに要介護になった。
「この頃には、私と両親は同じマンションの別フロアの別々の部屋に暮らしていて、私が中心になってケアマネさんとケアプランを考えました。父母ともに要介護4。母の介護用ベッドや父の車いすや歩行器などを借り、デイサービスやショートステイなどを利用するほか、両親ともに日常生活でも手助けが必要。役者として地方公演もある舞台の仕事は、まずまっとうできなくなる。仮に無理に分担を引き受けても、急にできなくなれば迷惑もかかる。
一方で、家族なのに、息子なのに介護を人任せにするとは、なんと薄情な…と、人様は思うだろうとも。でも最終的には私がまったくかかわらない想定でプランを組みました。なぜなら父も母も、自分たちのために私が舞台を休むようなことになるなら、死んだ方がましだと思うような人たちだったからです。特に母は、私のいちばんの後援者で、舞台は100%見てくれていましたし、新派への転向を考えたときも『あなたがいいと思った通りにしなさい。ずっと輝いていて』と。
おかげで両親が要介護になってから今まで、全力で芝居に集中できています。その分、少しでも時間が空けば親のために使いたいと思う。昼食を作ったり、おむつの交換もしますよ。もしひとりで背負っていたら、こんなにやさしい気持ちで両親に接することはできなかったと思います」
ケアプランに組まれる作業だけが介護ではない。家族が笑顔でそばにいることがかけがえのない人生を豊かにする。特に自慢の息子が意気揚々と生きる姿なら、どれほど生きる糧になっただろう。